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「喜び組」出身の“側室” 父は日本軍協力者 金日成主席は正恩氏を孫と認めず
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    http://sankei.jp.msn.com/world/photos/120215/kor12021507430002-p2.htm

    【高英姫の真実】

    「喜び組」出身の“側室” 父は日本軍協力者


     金日成主席は正恩氏を孫と認めず


    2012.2.15 07:39
    (1/2ページ)金正恩第1書記

    高英姫氏

     北朝鮮の新指導者、金(キム)正恩(ジョンウン)氏の母、高(コ)英姫(ヨンヒ)氏(2004年死亡)が在日朝鮮人出身であるだけでなく、後に 「喜び組」と呼ばれる接待役だった経歴などから、祖父の金(キム)日成(イルソン)主席が生前、正恩氏を正式な孫と認めていなかったことが14日、関係者 などの証言により分かった。父は日本軍への協力者といえる軍需工場労働者で、密航船を運営し逮捕され、やむなく北朝鮮に渡ったことも判明。“負の出自” は、16日の金(キム)正日(ジョンイル)総書記生誕70周年を境に加速しそうな正恩母子の偶像化に打撃となりそうだ。(桜井紀雄)

     高英 姫氏は、格闘家の高太文(テムン)氏の娘という説が広く信じられてきた。しかし、北朝鮮の民主化に取り組むNPO「救え!北朝鮮の民衆/緊急行動ネット ワーク」(RENK)が北朝鮮内部や在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)関係者らから得た証言と、在日朝鮮人の帰国者名簿など複数の記録から、父親は韓国・ 済州(チェジュ)島出身の高京沢(ギョンテク)氏だと裏付けられた。

     太文氏の娘と高英姫氏の帰国時期や年齢、「万寿台(マンスデ)芸術団」で活動した経歴が似ていたため、誤解が生じていたが、韓国の情報機関、国家情報院も「父は京沢氏だ」としていた。

      関係者らの証言などによると、京沢氏は1929年に出稼ぎのため渡日。陸軍管理下で軍服や天幕を作る大阪市の「広田裁縫所」で働いた。戦後、済州島への密 航船を運営し日本の警察に逮捕され、出所後、62年に家族を連れ北朝鮮に渡った。法務記録には「強制退去」と記された。他の在日朝鮮人のように「地上の楽 園」を夢見た帰国ではなく、半ば強制的な送還だった。

     英姫氏が芸術団の踊り子時代に、金総書記に見初められたことは知られている。韓国に亡命した金総書記の親族らの証言によると、後に「喜び組」と呼ばれる秘密パーティーでの接待役に選ばれ金総書記の固定パートナーとなり、76年から平壌の別荘で同居した。

     内部情報によると、出自に加え、金総書記に既に正妻がいたことから側室として扱われた。正恩氏ら2人の息子をもうけたが、金日成主席は当時、金総書記の別の妻が生んだ長男、正男(ジョンナム)氏を後継者とみなし、正恩氏らを正式な孫とも認めなかったという。

     金主席死去後は英姫氏を偶像化する動きも表れた。一方で、3代世襲の根拠に「革命の血統」を掲げる北朝鮮にとり不都合な英姫氏の出自には全く触れず、金総書記死去後は「最高機密」に指定された。




     【喜び組】  「万寿台芸術団」など北朝鮮で最高峰とされた芸術団の中でも容姿、才能ともに優れた女性らで構成。金正日総書記と側近らだけが出席を許された秘密パー ティーで演目を披露したり、接待に当たり、金総書記の側近らの妻や愛人になったメンバーも多いという。万寿台芸術団から選抜されたメンバーで1970年代 に結成された「親愛なる指導者同志(金総書記)の公演室」が原型とされる。


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    きょうだい10人以上、相次ぐ改名、日本への望郷…複雑な家庭から「国母」に
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      http://sankei.jp.msn.com/world/news/120215/kor12021511330004-n1.htm
       

      【高英姫の真実】

      きょうだい10人以上、


      相次ぐ改名、


      日本への望郷…複雑な家庭から「国母」に


      2012.2.15 11:26
      (1/3ページ)金正恩第1書記

      高英姫氏

       高田姫(ひめ)、高姫勲(ヒフン)、高英子(ヨンジャ)…。北朝鮮の新指導者、金正恩氏の母、高英姫氏は出世魚のように改名を重ね、在日朝鮮人出 身から死後「国母」に祭り上げられるまでになった。半面、父は旧日本軍協力者だった上、女性遍歴から兄弟姉妹は十数人いるなど複雑な家庭環境にあった。今 後、北朝鮮で進むであろう“国母偶像化”の過程で、不都合な真実はどう塗り替えられていくのか。(桜井紀雄)


      残された記録


       「三女のヨンスクが大学へ行く日、次女のヨンジャが金日成主席から勲章を受けたという知らせがきた」

        北朝鮮が発行した「朝鮮画報」1973年3月号に在日朝鮮人帰国者の近況を知らせる「コ・ギョンテク(高京沢)さん一家」と題した記事の中で一家団(だ ん)欒(らん)の写真とともに記された文章だ。「ヨンジャ」こそが高英姫氏のことだ。72年12月の労働新聞には、勲章を受けた芸術団員の一人に「コ・ヨ ンヒ」の名前が掲載されている。

       独自に英姫氏の出自を調査し、これら記事を発見した北朝鮮情報専門ニュースサイト「デイリーNK」の高 (コ)英起(ヨンギ)東京支局長は「『子』が付く名前は日本的だとして多くの女性が改名させられた。当時は金正日総書記と同居する前で、名前についても精 査されないまま出された記事が残ったのだろう」と解説する。



      万寿台芸術団時代の高英姫氏(中央)。後に「喜び組」に属したのか(1970年代の北朝鮮の絵はがきから)


       これだけにとどまらない。62年に10歳で北朝鮮に渡った当時の帰国者名簿の名前は「姫勲」で日本名は「高田姫」。金総書記の専属料理人だった藤 本健二氏は、金総書記が「アユミ」と呼んでいたと著書に記しており、合わせると5つもの名前を持ったことになる。しかし英子から英姫への改名を境に 「ファーストレディー」への階段を確実に駆け上がっていった。



      女性関係のもつれ


       父、高京沢氏が北朝鮮に渡った理由は、密航船運営による逮捕だけではない。

       関係者の証言などによると、正妻のほか、愛人が4人おり、英姫氏の母、李(リ)孟仁(メンイン)氏との子供を合わせ、把握されただけで十数人の子供がいた。日本を去ったのは、女性関係のもつれを清算するためともされた。

        朝鮮画報で紹介された当時、北朝鮮北東部の咸鏡北(ハムギョンプク)道にある「ミョンガン化学工場」の労働者だった。しかし、娘と金総書記の同居後は、平 壌の「万景台記念品工場」顧問支配人に取り立てられ、恵まれた生活が確保された。軍需工場で働いていたという日本での過去があるにも関わらずだ。京沢氏は 99年に86歳で他界した。

       長男のドンフン氏は、エリート校である現在の金策(キムチェク)工業総合大学に進学。三女のヨンスク氏も咸興(ハムフン)薬学大学に進むなど、進路が保障された。ただ、ヨンスク氏は2000年前後に夫婦で米国に亡命したともされる。

      日本への望郷

       金総書記には長男、正男氏を生んだ元映画女優の成(ソン)恵琳(へリム)氏のほかに正妻の金英淑(ヨンスク)氏、秘書の金オク氏と少なくとも4人の妻、側室がいた。中でも英姫氏を最も愛し、死去まで20年以上、同居を続けたという。

        藤本氏は、映画を愛好した金総書記が「日本で一番きれいな女優は吉永小百合だ」と話すのを聞き、「英姫氏は吉永さんに似ている」と記している。「名女優、 原節子に似た清楚(せいそ)で凛(りん)とした美人」とも表現。美しさだけでなく、夫の書類整理を寝る間を惜しみ助け、おごった態度をとることはないが、 金総書記から意見を求められると、しっかり発言する姿を藤本氏は見てきた。

       泥酔し逆上した警護員が銃口を金総書記に向けた際、英姫氏は警護員に飛びかかり命を救った。英姫氏が海外で乳がんの治療を受けていた際、金総書記は寂しさからポロポロ涙を流す姿も見せたという。

        正恩氏らを連れて、1991年ごろ東京ディズニーランドを訪れるなど、何度も来日していたことも判明している。正恩氏には「ジョセフ・パク」という偽名旅 券を用意した一方、在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)関係者によると、英姫氏は別途、朝鮮総連商工会幹部の身元保証で正式入国していたという。関係者は 「日本への郷愁が強かったのだろう」とみている。

       実質的な「ファーストレディー」として金総書記の寵愛(ちょうあい)を受け続けた英姫氏だが、息子が正式な金総書記の後継者に、さらに北朝鮮の指導者に就任する晴れの日を目にすることなく、2004年6月、病気治療先のパリからの帰国途中、モスクワでこの世を去った。




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      金正恩第1書記の生母、高英姫氏の隠された波乱人生
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         http://sankei.jp.msn.com/world/photos/120501/kor12050109050000-p1.htm

        【桜井紀雄の劇的半島、熱烈大陸】

        韓流ドラマ超え 


        金正恩第1書記の生母、高英姫氏の隠された波乱人生


        2012.5.4 07:00
        (1/10ページ)韓国

        金正恩第1書記の生母、高英姫氏(北朝鮮発行の絵はがきから)

         劇場型国家−。金日成主席、金正日総書記、金正恩第1書記と続く金ファミリーへの礼賛と演出であふれた北朝鮮についてこう称されることがある。し かし礼賛対象であるはずが舞台に上がることさえ許されなかった女性がいる。金第1書記を産んだ新たな「国母」故高英姫(コ・ヨンヒ)氏だ。その実像は北朝 鮮国内では一言も触れられず、日韓でも在日朝鮮人出身の元踊り子という以外、ほとんど知られてこなかった。彼女の隠されてきた過去には、韓流ドラマをはる かにしのぐ劇的人生があった。


        取り違えられた過去

         日韓両政府の資料や北朝鮮関係者の証言などによると、高英姫氏は1952年6月26日、日本最大のコリアタウンとして知られる現在の大阪・鶴橋付近で誕生。10歳当時の62年10月、家族と一緒に「帰国船」に乗って北朝鮮に渡ったとされる。

         北朝鮮は「地上の楽園」だと日本のメディアも巻き込んで喧伝(けんでん)され、大半の在日朝鮮人の出身地が南の韓国だったにもかわらず、約9万人もの人が北朝鮮に“帰国”した。共産主義国家へのあこがれがまだ力を持っていた一種の熱狂の時代だった。

         北朝鮮に渡った後は、容姿とスタイルの良さから平壌音楽舞踊大学舞踊学科に進学し、北朝鮮で最高峰の芸術組織とされた「万寿台(マンスデ)芸術団」の一員に選抜され、やがて金総書記に見初められる−。

          以上が簡単な彼女の経歴だ。これが裏付けられるのは、北朝鮮帰国者名簿など日本の法務資料に記録が残っているためだ。しかし彼女の当時の日本名は高田姫で 朝鮮名は高英勲(ヨンフン)。英姫というその後の名前ではない。このため、同じ姓と似た経歴を持つ女性が「英姫」だと信じ込まれる取り違えが起きた。



         その女性は、力道山ほどでないにしろ、在日朝鮮人出身の格闘家として名声のあった高太文(テムン)氏の娘、高春行(チュネン)氏だ。年齢と帰国時期が近く、万寿台芸術団所属という経歴が重なっていた。

         この「高春行=高英姫」説を日本人記者らが“発掘”して発表。一般の日本人に加え、在日朝鮮人社会の中でも、金総書記の側室が在日朝鮮人出身だということは公然の秘密だったが、公には語られないため、「有名人の娘」というもっともらしい説が信じて疑われなかった。

         この説は、韓国の情報機関、国家情報院(国情院)が2006年に公式に否定した。さらに独自の丹念な調査で覆したのが北朝鮮情報専門ニュースサイト「デイリーNK」の東京支局長で同じ「高」の姓を持つ高英起(ヨンギ)さんだ。



        愛人4人に子供十数人を持つ豪快な父


          国情院が公表した高英姫氏の父の名前は高京沢(ギョンテク)。この名前を手がかりに高英起さんは、北朝鮮宣伝の一環で日本で発行されていた写真誌「朝鮮画 報」の1973年3月号から《帰国者だより−咸鏡北道ミョンガン化学工場生活必需品職場コ・ギョンテクさん一家》と題した家族写真を見つけ出す。

         写真に付随して「次女ヨンジャは功勲俳優として活躍している」との記述がある。「ヨンジャ(英子)」こそ、さらに改名し、金総書記に見初められることになる英姫氏だ。

         まさかはるか先に「国母」になるとは予想だにされなかった当時、在日朝鮮人出身という出自が堂々と掲載されていた。日本で出版されたがために回収されることもなく、英姫氏の出自を裏付ける一級資料が残されることになった。

         韓国の北朝鮮専門家の一人は「北朝鮮は金ファミリーの歴史など政権維持に関わることは改竄(かいざん)するが、それ以外は案外あからさまな嘘は残さない」と指摘する。






         その写真には、一家団欒(だんらん)に笑顔する高京沢氏が写っているが、京沢氏はほのぼのとした様子からはうかがい知れない波瀾(はらん)万丈の 経験を経てきた。いや、修羅場をくぐり抜けてきたといったほうがいい、彼が北朝鮮に渡ることになった経緯も北朝鮮関係者らの証言などから浮かび上がった。

          京沢氏は1913年に韓国の最南部に位置する済州島で船頭の三男として生まれた。16歳で大阪に渡る。出稼ぎが目的だったとみられ、軍服などを生産する工 場で働いた。日本が朝鮮半島を支配していた当時、日本と朝鮮半島に国境はなく、済州島の人々にとって大阪はソウルよりも近い大都会だった。

          京沢青年が一攫(いっかく)千金の夢見て海を渡ったとしても不思議ではない。正妻のほか、4人の愛人を持ち、把握されただけで十数人の子供をもうけた。戦 後には、済州島と行き来する密航船を運営したとして逮捕された。愛人や子供の多さ、密航船の運営をとっても、ある程度の資金を蓄えていたことが推測でき る。軍需工場の一介の労働者から見事に成り上がったといえる。

         しかしやがて破綻する。原因の一つは逮捕だ。さらには女性関係のもつれがあったとされる。「地上の楽園」という理想を追ったとうより、日本国内でも済州島でもなく、何のしがらみもない北朝鮮に逃げ出すことで女性問題を一気に解消するという現実主義に立ったわけだ。

         切迫していた証拠に最初は最も若い愛人とその子供だけを連れて北朝鮮に渡ったとの証言もある。その後に高英姫氏ら他の家族を呼び寄せたようだ。すんでのところで後の「国母」が海を渡らず、現在の指導者、正恩氏も生まれなかった可能性さえあった。




        高英姫氏が所属した万寿台芸術団の踊り子たち。最前列左が英姫氏とみられる(北朝鮮発行の絵はがきから、北朝鮮ウオッチャー金正太郎氏提供)




        北朝鮮でトップの踊り子になり、金総書記の専属料理人の藤本健二氏が著書で「名女優、原節子に似た清楚(せいそ)で凛(りん)とした美人」と称賛したほどの高英姫氏だけに日本に残ったとすれば、日本の銀幕を彩るスターになっていたかもしれない…。

         ともかく「朝鮮画報」に写し出された団欒もようからは、京沢氏は見事に逆境を脱したことがうかがえる。金総書記と娘の同居を境に平壌の「万景台記念品工場」の顧問支配人という栄誉職に取り立てられ、86歳で天寿を全うした。

         愛人作りや密航船という倫理問題を差し引けば、京沢氏の生き方から、当時の在日朝鮮人社会にあって、したたかさと豪快さを併せ持つ生命力の強さを感じるのは私だけだろうか。



        「初代喜び組」から側室に


         「金総書記の執務室には万寿台芸術劇場の訓練場を映し出すモニターがあり、金総書記はこの画面で練習中の高英姫氏を見いだした」。韓国の脱北者らでつくる「北朝鮮戦略情報サービスセンター」は昨年、こんな情報を伝えた。

         真偽のほどは明らかでない。ただ、高英姫氏が万寿台芸術団で踊り子として活動中に金総書記に見初められた後、側近を招いて開いてきた秘密パーティーでの個人パートナーとなったことは、別の内部情報からも伝わっている。

          高英姫氏は当時、いわば「初代喜び組」といえる存在だった。喜び組といえば、ことさら強調された過激な衣装や性的接待がイメージされるが、草創期にはその ような気配はない。芸術団の中でも美貌、才能から選び抜かれ、金総書記を頂点にした北朝鮮指導層をエスコートする北朝鮮芸能界きってのエリートだった。

         のちに幹部と結婚したメンバーも少なくないが、高英姫氏は金総書記の側室という芸能人から出世できる頂点に立ったことになる。



        金正恩第1書記の生母、高英姫氏



         「朝鮮画報」で京沢一家が紹介された73年に行われた万寿台芸術団日本公演では、主役の座を獲得。朝鮮画報でも彼女を際立たせた写真が掲載された。高英起さんは「金総書記の特別な“配慮”を受けて異例の抜擢(ばってき)が行われた」という証言を関係者から得ている。

         高英姫氏は、金王朝のプリンスに目をかけられることでたちまちスターダムに上り詰めた。「特別な配慮」によってアンタッチャブルな存在になったことで、劇団内での熾烈(しれつ)な競争や妨害、渦巻く女同士の嫉妬とは無縁でいられたようだ。

         しかし別の関係者は「後継者に見初められた高英姫氏は異例な存在だが、血統や出生成分(階層)を重視する北朝鮮では、芸能人出身者には出世の限界があった」と話す。在日朝鮮人出身の元踊り子という出自の壁は、2004年の高英姫氏の死後もつきまとうことになる。



        正男の母との冷戦


         高英姫氏は1976年から平壌の別荘で金総書記と同居を始め、次男の正哲(ジョンチョル)氏、のちに指導者に就く三男の正恩氏をもうける。しかし安泰というわけにはいかなかった。

          長男、正男氏を生んだ成恵琳(ソン・へリム)氏がいたほか、73年には金総書記は正妻となる金英淑(ヨンスク)氏と結婚していた。特に正男氏については金 総書記、祖父の金主席ともに「目に入れても痛くないほどのかわいがりようだった」といい、金主席は早くから正男氏を将来の後継者と認めていたという。

          英姫氏は93年にフランスで乳がんの手術を受けたとされるが、藤本氏は、金総書記の様子について「入院中の奥様から来た手紙を読みながら、奥様を心配する あまり、涙をポロポロと流していた」と著書で振り返っている。英姫氏は、亡くなるまで20年以上、金総書記と同居し、愛情を注がれ続けた。


         しかし容姿の美しさや環境、運に恵まれたからだけではなかった。藤本氏らの証言からは、周囲に絶えず目配し「白鳥の水かき」ともいえる緊張した日々を送っていた姿が浮かぶ。

          金総書記は夜型で、パーティー後の深夜に膨大な報告書の一つ一つに目を通し、明け方に就寝する生活だった。英姫氏はいつもそばに付き添い、書類整理を助け ていたという。藤本氏は「将軍の睡眠時間が4時間なら、高英姫夫人の睡眠時間はもっと短かったのでは」と振り返っている。

         「(次男)正哲 が生まれて以降、高英姫は強い影響力を持ち始め、叔母にライバル心をあらわにするようになった。口にこそ出さなくても彼女の夢は正男をけ落として、わが子 を後継者にすることだ。勝ち気な彼女は自分の忠誠分子をどんどん増やし、叔母にプレッシャーをかけていった」

         のちに韓国に亡命し暗殺されることになる恵琳氏のおい、李韓永(リ・ハンヨン)氏は、金総書記の愛情を奪った英姫氏への憎悪をむき出しにして手記にこう記している。

         恵琳氏と韓永氏の母の姉妹は、英姫氏の鼻がトンカチに似ていると、朝鮮語のトンカチに発音が近い「パチンコ」という隠語で呼んで陰口を言っていたという。



        時に控えめ、時に命がけ


         こんな嫉妬はどこ吹く風で、高英姫氏は、持ち前の目配りで夫の金総書記だけでなく、夫の部下らも引きつけていった。

         「夫人は(金総書記の)部下に高飛車な態度を取ることは一切なく、自らの分をしっかりわきまえていた。私のような料理人にもとても優しく接してくれた」と藤本氏も心酔ぶりを明らかにしている。

         極め付きは次のエピソードだ。


         金総書記が別荘で食事を終え、一人外で夜風に当たっていると、泥酔した警護員の男に出くわした。「酒を飲んでいるのか」と怒鳴ると、逆上した男が いきなり銃を総書記の額に突き付けた。その瞬間、果敢に男に飛び掛かったのが英姫氏だったという。文字通り、命がけで夫の命を救い、総書記の側近らの心ま でつかんだのだ。

         死去する前には「尊敬するお母さまは(金正日)最高司令官同志に限りなく忠実な忠臣の中の忠臣であられる」と朝鮮人民軍内部で英姫氏を偶像化する文書が作成された。

         この一時浮上した偶像化は、正哲氏ら英姫氏の子供を後継者に担ぎ上げる動きとされ、後継者争いを嫌った金総書記の命令で固く禁じられたとされる。ただ、英姫氏の「忠誠分子」が軍内にも広がっていたことを示す証左とはいえるだろう。

         臭い嫌いの金総書記を気遣い、香水をつけることもなく、人前で日本語を口にすることもなかったともいう。一方で、これまでも報じられているように正恩氏らを連れてお忍びで東京ディズニーランドなどを訪れていた。プライベートでわざわざ日本の美容院にも通っていた。

         一族の故郷は南の済州島で自身が生まれたのは大阪。本来、北朝鮮は縁もゆかりもない土地だった。日本通いを続けたり、藤本氏らと会話したりする中で「望郷の思い」に駆られることもあっただろう。


        恐怖による口封じ


          「正恩氏の存在すら後継者として宣伝されるまで住民には知らされてこなかった。高英姫氏についてもごく一部の人たちを除いて全く知らなかった。在日朝鮮人 帰国者の間では、『在日出身』が(金総書記の)子供を産んだということが伝わっていたが」。北朝鮮関係者の一人はこう説明する。

         金総書記が金主席の後継者として公式登場した1980年ごろ、英姫氏の出自を知る在日帰国者らが相次ぎ行方不明になっていった。「英姫氏は在日帰国者だ」と口にしたため粛清されたとされた。

         昨年12月の金総書記の死去直後、北朝鮮指導部内で、英姫氏の在日出自を「最高機密」に指定し、口外した者を厳罰に処する方針が下されたことも判明している。正恩氏が指導者に就任するに当たって真っ先に取られたのが母親の「実像を隠す」という措置だった。

         「革命の血統」を3代世襲のよりどころとする金政権にとって母が「在日出身の踊り子」という出自は、政権の正当性を揺るがしかねない「不都合な真実」とみなされたのだ。

          金総書記の母、金正淑(ジョンスク)氏は、北朝鮮で最も尊敬される女性としてこれでもかといわんばかりの礼賛と偶像化が行われてきた。後継者に就くにあ たって金総書記自ら両親の偶像化を計画、指揮した。対する正恩氏は、指導者就任に当たって側近らが決めた機密指定に従うだけという孤独な運命を背負わされ た。

         金総書記の帰りを「お母さまと夜通し待った…」。今年に入って金第1書記を紹介した記録映画の中で、第1書記の孝行ぶりを示すエピ ソードとしてこう描かれた。2月に入ると、金第1書記の母親を指す「平壌のお母さま」という表現が登場した。専門家の中には「一気に高英姫氏の偶像化が進 むのでは」との観測が広がった。だが、それ以来、目立った描写はない。

         済州島の血を引き、大阪で生まれた「国母」は、たった一言だけで北朝鮮の首都「平壌のお母さま」に仕立て上げられた。北朝鮮は、金第1書記が朝鮮労働党と政府のトップに公式に就任した4月以降も高英姫氏について沈黙し続けている。



        閉ざされた「改革開放」の道


         「祖父の金日成主席は元はといえば、中国からの帰国者。父、金正日総書記もロシアからの帰国者だった。母親が日本からの帰国者ということを隠すことは、自らの出自に対する冒涜(ぼうとく)にほかならない」

         高英姫氏の足跡を追い続けている高英起さんはこう語気を強める。

         金主席は子供時代に日本支配下の朝鮮半島を離れ、一家で中国に移ったと史実に記されている。中国で抗日ゲリラ戦に身を投じたが、最終的にロシア極東地域に撤退。そこで「ユーラ」というロシア名を持つ金総書記が生まれた。

          そして戦後、ソ連のおぜん立てで北朝鮮に「凱旋(がいせん)」した。従って「祖父は中国からの帰国者。父はロシアからの帰国者」といえるのだ。だが、金総 書記のロシア生まれの出自は隠され、金主席が抗日戦の拠点にしていた、朝鮮民族の聖山、白頭山のふもとで誕生したと歴史がつくり替えられた。

         英姫氏の在日出自の隠蔽(いんぺい)は、既に金総書記が自らの出自を捨てた時点で運命付けられていたのかもしれない。そして「金王朝」を守るという「枠」の中だけで北朝鮮の歴史は紡がれていった。

         ひるがえって正恩氏の外祖父の高京沢氏。大阪に出稼ぎに渡り、日本の軍需工場で働くなど、ある意味、日本統治の枠組みを受け入れ、北朝鮮に“帰国”後は金政権の枠組みに順応し、したたかに生きてきた。

          金主席は、朝鮮戦争などの危機を逆に政敵たちを追い落とすチャンスとし、緻密に自分の王朝を築き上げた。ただ、過去はといえば、最大の抗日戦とされる中朝 国境地域での「普天堡(ポチョンポ)戦闘」は、単に日本支配地域の駐在所を襲っただけ、ソ連のおぜん立てでようやく支配者として舞い戻ることができた。


         ある種の限界と「枠」の中で生きてきたのだ。金主席と高京沢氏、どちらが偉いということは一概にいえない−といえば暴論になるだろうか。

          ただ、言えることは、正恩氏に続く血脈が中国、ロシア、日本という異境を経て形作られたという厳然たる事実だ。正恩氏自身はスイス留学も経験している。 「自分たちが帰国者」と公言することは、汎東アジア国家を目指すというか、少なくとも「改革開放」にかじを切るチャンスだったともいえる。

         しかし、この政権は、それを徹底的に隠蔽し捏造(ねつぞう)して、国民の口を恐怖で閉じさせることで世界にもまれな閉鎖国家を作り上げた。門を閉ざした密室の中で、金王朝の延命だけに汲々とし、国民を苦しめ抜いている。

         彼らが最も強調する血統に対するこれ以上の冒涜、歴史への逆行はない。



         「劇場型国家」北朝鮮に対して、人間ドラマでいえば、南の韓国も負けていない。さらにホットなニュースが飛び出すのがお隣、中国だ。これから月1回ペースで、韓国、北朝鮮という「劇的半島」と「熱烈大陸」中国の話題を紹介していていきます。(外信部記者)



        | NNL | 北朝鮮−金正恩・新体制− | 08:12 | comments(0) | trackbacks(1) | - | ログピに投稿する |
        ネットの活用呼び掛け 金正恩氏、異例の指示
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           http://sankei.jp.msn.com/world/news/120509/kor12050920500004-n1.htm

          ネットの活用呼び掛け 金正恩氏、異例の指示


          2012.5.9 20:49
          金正恩第1書記


           「インターネットを通じ、他国の先進的な科学技術のデータに多く接するようにするべきだ」。北朝鮮の新指導者、金正恩第1書記が9日までにこんな指示を出した。


           科学技術振興に特化した内容だが、外国からの情報流入を警戒し、ネット利用を制限してきた北朝鮮のトップとしては異例の主張。新体制下での“変化”として注目を集めそうだ。

            指示は、金第1書記が主要幹部らに国土整備に関する基本方針を示した先月27日付の談話に盛り込まれた。「国土管理・環境保護部門でも、他国の先進的な技 術には受け入れるべきものが多い」と指摘し、ネットを通じた情報収集や代表団派遣による外国との人的交流を促した。朝鮮労働党機関紙「労働新聞」が9日、 全文を掲載した。

           北朝鮮ではネットを利用できるのは朝鮮労働党や政府の幹部のほか、研究者や報道関係者などに限定されている。(共同)

          | NNL | 拉致問題 | 08:10 | comments(0) | trackbacks(1) | - | ログピに投稿する |
          拉致被害者家族会「解決策が見えず、残念」
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             http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/nnn?a=20120511-00000042-nnn-int

            拉致被害者家族会「解決策が見えず、残念」


            日本テレビ系(NNN) 5月11日(金)17時30分配信


             アメリカを訪問している北朝鮮による拉致被害者家族会のメンバーは10日、ワシントンで記者会見し、今回の訪米でも具体的な問題解決策が見えてこなかったことについて、「残念だ」と述べた。

             今回の訪米が4回目となる家族会・飯塚繁雄代表は、アメリカ政府に対し、「拉致問題を絶対に忘れない」と言うだけではなく、日本政府と連携して、一刻も早く問題解決に向けた具体策を示すよう求めた。

             また、「我々はお願いするしかない」と述べ、今後もアメリカ政府や議会に働きかけを続ける考えを示した。
            | NNL | 拉致問題 | 07:58 | comments(0) | trackbacks(0) | - | ログピに投稿する |
            米国人の拉致問題 米側“中国と調査継続”
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               http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/ann?a=20120511-00000040-ann-int

              米国人の拉致問題 米側“中国と調査継続”

              テレビ朝日系(ANN) 5月11日(金)23時11分配信

               中国でアメリカ人留学生が北朝鮮に拉致された可能性が高いとされている問題で、アメリカ国務省は中国当局に問い合わせ、調査を続けていく考えを示しました。

               2004年に雲南省で行方不明になったアメリカ人、デビッド・スネドンさんについて、日本の拉致被害者を救う会などは、中国当局に脱北者支援の疑いをか けられて逮捕され、その後、何らかの経緯で北朝鮮に身柄を拘束されたとする情報を得たとしています。アメリカの国務省は10日、報道官のコメントを発表 し、引き続き中国当局と接触をして、新しい証拠を探していく方針を示しました。ただ、中国外務省は「当時、アメリカ領事館の依頼を受けて調査したが、行方 は分からなかった」とすでに説明しています。
               「救う会」西岡力会長:「中国政府の公式の答弁だけでは疑いは晴れない」
               救う会の西岡会長はこのように述べて、今後も真相の解明を続ける考えを強調しました。

              最終更新:5月12日(土)12時37分

              テレ朝 news

               
              | NNL | 拉致問題 | 07:51 | comments(0) | trackbacks(1) | - | ログピに投稿する |
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