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    金永煥氏拘束:「逮捕の背後には北朝鮮の存在」
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      (朝鮮日報日本語版) 金永煥氏拘束:「逮捕の背後には北朝鮮の存在」

      朝鮮日報日本語版 5月17日(木)12時37分配信



      (写真:朝鮮日報日本語版) 韓基弘氏

       「中国の公安(警察)当局に逮捕され、50日間にわたり拘禁されている金永煥(キム・ヨンファン)氏は、北朝鮮で金日成(キム・イルソン)主席に会い、 直接教示を受けた人物。その金永煥氏が金日成主席を裏切り、北朝鮮の人権運動に立ち上がったことは、北朝鮮にとってあり得ないことだろう。北朝鮮は金永煥 氏を『処断対象』として鋭意注視し、中国の公安当局に逮捕を強く要請した可能性が高い」


       金永煥氏と10年以上、共に活動してきた韓基弘(ハン・ギホン)北朝鮮民主化ネットワーク代表=写真=は16日、本紙のインタビューで「中国での金氏逮捕の背後には北朝鮮の存在がある」と述べた。

       金永煥氏は1982年にソウル大学法学部に入学、学生運動に加わった。86年には「ソウル救国学生連盟事件」で逮捕され、国家保安法違反の疑いで3年6 月の有罪判決を言い渡された。その後89年に地下組織「反帝青年同盟」に加入、同年7月には朝鮮労働党に入党した。91年5月には潜水艦に乗り込み、北朝 鮮に密出国した。

       韓基弘代表は「当時、金永煥氏は17日間にわたり北朝鮮に滞在したが、その間に金日成主席や金正日(キム・ジョンイル)総書記が主体思想により住民たち を抑圧する独裁者だということに気付いた。それ以来金永煥氏は、北朝鮮住民の人権を守る活動家に転向、中国で脱北者を支援する活動などを展開しており、北 朝鮮にとっては目の上のたんこぶのような存在だったはずだ」と語った。そして「金永煥氏は2000年代初めに胃がんの手術を受け、健康状態は良くない。韓 国政府は人道的な見地でから同氏の釈放に積極的に取り組むべき」と訴えた。

       その上で「金永煥氏は『主思派(主体思想派)を信奉する』という過ちを犯したが、その後、実情を目の当たりにし、思想転向した。今も幻想にとらわれてい る従北(北朝鮮追従)主義者たちは、誰よりも北朝鮮をよく知る金永煥氏がなぜ北朝鮮民主化運動に立ち上がったのかを考えなければならならない」と強調し た。

       北朝鮮人権団体は同日「金永煥氏ら4人が今年3月に中国国家安全部に逮捕された際、北朝鮮の国家安全保衛部が介入していた」と主張した。北朝鮮拉致被害 者家族会の崔成勇(チェ・ソンヨン)代表は、平安北道新義州の消息筋の話として「金永煥氏一行の逮捕は、中国の情報機関と新義州保衛部反探組の合作。保衛 部は金永煥氏を北朝鮮に連行しようとしたが、中国が反対して中国国内で収監することでひとまず決着した」と話した。

       北朝鮮事情に詳しい消息筋は「中国国内の北朝鮮人権活動家たちは、数年前から脱北者を北朝鮮に送り込み、金日成像の破壊・放火・北朝鮮政権を非難するビラまきなどを行っていたという情報がある」と話している。

      | NNL | 北朝鮮−思想− | 20:20 | comments(0) | trackbacks(2) | - | - |
      韓国の人権活動家ら拘束 中国公安当局
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         http://sankei.jp.msn.com/world/news/120514/kor12051422380003-n1.htm

        韓国の人権活動家ら拘束 中国公安当局


        2012.5.14 22:36
        韓国


         北朝鮮の人権問題に取り組む韓国の市民団体「北韓民主化ネットワーク」関係者は14日、中国で北朝鮮の人権擁護活動をしていた同団体研究委員の金永煥氏(49)ら韓国人4人が、3月29日ごろから中国公安当局に拘束されていることを明らかにした。

         関係者によると、4人は遼寧省大連などでそれぞれ活動していたが、国家安全危害の疑いで拘束された。同省丹東の施設に収用され厳しい取り調べを受けているという。

         同省瀋陽の韓国総領事館が4月26日、金氏に接見したが、他の3人については接見も認められていない。公安当局は具体的な拘束理由を明らかにしていないという。

         金氏は1990年代半ばから北朝鮮の人権改善や民主化に取り組んできた人権活動家。(共同)

        | NNL | 北朝鮮−思想− | 07:53 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
        金日成広場のトイレ
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          http://sankei.jp.msn.com/world/news/120319/kor12031907190001-n1.htm


          【from Editor】

          金日成広場のトイレ


          2012.3.19 07:18
          北朝鮮


           天安門広場、赤の広場、金日成広場は革命と権力誇示と抵抗の舞台だ。そして天安門広場は世界最大の広さで、赤の広場は世界遺産になった美しさでも知られる。では金日成広場は?


           「英雄的朝鮮人民軍将兵諸君に栄光あれ!」


            1992年4月。朝鮮人民軍創設60年式典で金正日氏がお立ち台から初めて甲高い声を発して以来、広場は北朝鮮の「顔」である。金日成、金正日父子の葬列 がここに集合し、金正恩氏が金正日生誕70年軍事パレードを閲兵した。来月15日には金日成生誕100年の祝典が、25日は人民軍創設80周年の軍事パ レードが行われる。数十万人の住民らが近くの沿道に晴れ着姿で集まることだろう。


           だが、金日成広場に軍人や群衆のためのトイレはない。だから、軍人たちは前日から極力、水を飲まない。広場の地下に数カ所のトイレがあるらしいのだが、入り口は近年通行止めだ。ちなみに天安門広場は周囲の歩道の溝に水を流して臨時トイレにしている。


           北朝鮮の数十万人の軍人や住民は、国家行事の前日から市内各所に集合を命じられる。人々はやむなく道端で用を足し、厳冬も盛夏も金一族の行事のため野外で夜を明かす。実に非人道的、非生産的な人力浪費の限りだ。


           綾羅島メーデースタジアムで行われるマスゲームには、10万人の平壌市内の小中学生が招集される。訓練は6カ月から1年間続くが、子供たちは喜ん で練習するという。ほうびにもらえるわずかなお菓子や学用品のためだ。いま、平壌の少年少女は来月の本番に向けて金日成生誕100年マスゲームの練習に余 念がないだろう。子供たちはマスゲームにはトイレ用のビニール袋などを持っていく。


           国家や組織が主導するマスゲームなど、一糸乱れぬ集団 行動というのは政治思想的な意義が大きい。ある集団や国家を、生命体、有機体とみなそうという意図が背後にあって、熱狂や陶酔を作り上げる。だから中国も 旧ソ連もヒトラーのドイツにもマスゲームがある。「有機体国家論」はナチズム体育学を生み出し、「個人は国家の肢体」とみなされた。


           北朝鮮のマスゲームは、スターリン主義者だった金日成がソビエト体育事業から導入した。初演は1948年だ。幼い児童を動員するアイデアは金日成が考えた。おなかをすかせた子供たちが国家威信をかけた生誕100年のメーンイベントを演じる。(編集委員 久保田るり子)



          _____________________ 一 言 ______________________


          久保田氏の記事の意図に異論を唱えるつもりはない。確かに北朝鮮が主宰するマスゲームには多くの矛盾が隠れているのであろう。だが、「国家や組織が主導するマスゲーム」を「ある集団や国家を、生命体、有機体とみなそうという意図が背後にあって、熱狂や陶酔を作り上げる。」と単純に批判しているのはどうであろうか。


          北朝鮮やソ連やドイツの「個人は国家の肢体」とみなす全体主義を批判する=正しい。だが、「全体主義」と「ある集団や国家を生命体、有機体とみなそうという意図」とを同じに考えているのは間違っている。


          全体主義或いは国家主義と「国家を生命体、有機体とみなそうという意図」とは似て非なるものである。全体主義或いは国家主義は個を手段として使う。だから「自己犠牲」が強制される。だがそれでは国民はついて行かないから「勉強」という名目の「洗脳」が行われる。そうすると国民の中に「自己犠牲」と意識しない自らの意思の「自己犠牲」が現れる。


          それを北朝鮮も中国もソ連も民主主義と主張した。確かに民主主義は個々の国民を基本としている。だが、どんなに言い訳しても「自己犠牲」が現実には強制である社会は腐敗・頽廃して崩壊する。


          個人と社会の関係をどう位置づけるかで、社会主義陣営と自由主義陣営は反目し、戦い続けた。これが東西冷戦のもう一つの顔である。この戦いは自由主義陣営の勝利で終わった。如何に洗脳し教育しても、強制された「自己犠牲」の社会は、個人を破滅させ、国家を自壊させたのである。


          だが、社会主義の自由主義・資本主義への批判が全て間違いであったかというそうではない。自由主義も資本主義も未だにその間違いを引きずり続けて、国民にこの世に生を受けた喜びを与える事は出来ないままである。


          実はその喜びを与えることが出来るのが、「国家を生命体、有機体とみなす」社会なのである。おそらく久保田氏はここを間違えている。氏が言う「国家を生命体、有機体とみなそうという意図」とは、北朝鮮・中国・ソ連・ヒットラーの率いるドイツの、個人を社会や国家の手段となす全体主義、国家社会主義のことであろう。それは違う。彼等の言うのは一切が人為である。本来の「生命体」も「有機体」もそのようなものではない。久保田氏には人間社会だけを見ずに、本物の「生命体」「有機体」は「大地自然」の中にあるのだということを指摘したい。それこそが人間を人間たらしめ、この世に生を受けた真の喜びを人々にもたらすものなのである。

          その本来の「生命体」や「有機体」としての国家を本質として有するのがこの日本なのである。愛と真実を具現化するのが我が国本来の姿である。




          | NNL | 北朝鮮−思想− | 12:04 | comments(0) | trackbacks(1) | - | - |
          偉大な金日成同志を戴くのは、わが党と人民の最も崇高な道徳・信義である
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             http://jp.korea-np.co.jp/article.php?action=detail&pid=52886

            談話「偉大な金日成同志を戴くのは、わが党と人民の最も崇高な道徳・信義である」

            労働新聞1月18日付は、金正日総書記が1999年10月27日、朝鮮労働党中央委員会の責任活動家と行った談話「偉大な金日成同志を戴くのは、わが党と人民の最も崇高な道徳・信義である」を掲載した。その全文は次の通り。

            われわれは来年に党創立55周年を迎えることになります。わが党の歴史は、偉大な金日成主席が開拓して導いたチュチェ革命の歴史であり、主席の革命偉業を代を継いで継承し、完成させていく栄えある歴史です。

            主席が逝去した後、わが人民は最も厳酷な情勢と類例のない難関の中でも党の指導を体して主席の遺訓を守り、革命の一路をしっかりと歩んできました。 われわれは、歴史のあらゆる挑戦を粉砕し、われわれの社会主義を守り抜いたし、社会主義わが祖国の威力とその不敗さを満天下に証明しました。わが革命の政 治・思想陣地が強固に固められ、国の軍事的威力が比べられないほど強化されたし、経済建設分野でも新しい高揚の跳躍台が築かれました。党創立55周年を控 えて今、全国の人民は社会主義強盛大国の建設に一様に立ち上がり、党が開いたチュチェ革命の新しい時代を偉勲と革新で輝かせています。

            主席の遺訓を貫徹する聖なる闘いで誇らしい勝利と成果を収めたが、われわれは今なお多くの仕事をしなければならず、険しい道をかき分けていかなけれ ばなりません。われわれは、人民の食衣住の問題を満足に解決していないし、国の統一も実現していません。私は、どうすればわが人民に良い暮らしをさせ、国 を富強にできるのか、どうすれば一日も早く祖国を統一できるのかについて常に考えています。意義深い党創立55周年が近づくほど、これについて一層多く考 えるようになります。ところが、党中央委員会の一部の部署では、活動家たちが私の意図を知り、私が何のために全身全霊を尽くしているのかを深く銘記して働 いているようではありません。

            先日、党歴史研究所は私の60歳の誕生日に際して銅像を建てるという提案書を出してきました。私はその文書を見て「不許可」と意見を書いて送り返し たが、今、このような問題を提起するのを見ると、いまだ活動家が私の意図をはっきり分からないで働いているということが分かります。

            党歴史研究所は、主席誕生60周年の時、万寿台の丘(平壌)に主席の銅像を建てたといって、それを私の銅像を建てるべき論拠に挙げました。主席誕生60周年の時と私の60歳の誕生日は、歴史的条件から見ても、時代の環境から見ても同じではありません。

            主席は、わが民族の数千年の歴史で初めて迎え、高く頂いたわが国家、わが人民の偉大な領袖(りょうしゅう)です。主席は、早くから革命の道に進み、 手に武器を取って抗日大戦を勝利へと導き、奪われた祖国を取り戻したし、この地に自主、自立、自衛の社会主義国家、繁栄する人民の楽園を打ち立てました。 わが主席は、祖国と人民に隆盛繁栄の新しい時代を開いた不世出の愛国者であり、社会主義朝鮮の始祖であります。主席の恩徳でわが人民は、植民地奴隷の運命 を脱し、自主的な人間の尊厳と権利を取り戻し、真の自由と幸福を享受するようになりました。主席の偉大な思想と指導、高い名声によってわが国が全世界に名 をとどろかすようになりました。主席を高く頂き、主席の業績を輝かせていくことは、わが党と人民の最高の道徳・信義です。ところが、主席誕生60周年の前 までは、平壌市の中心部には解放塔しかありませんでした。その塔は、祖国光復の日を記念するために建てた塔であって、主席の業績を末永く伝えるために建て た塔ではありません。そこで、われわれが主席誕生60周年を迎えて人民の一致した意思と念願を反映して万寿台の丘に主席の銅像を建てるようにしました。そ の時、主席は自身の銅像を建てることについて知らなかったし、われわれがこの事業を直接受け持って推し進めました。主席は、わが祖国と革命の歴史に永遠不 滅の業績を築いた偉大な領袖であるので、革命の首都、平壌の中心部に主席の銅像を建てるのは、あまりにも当然のことでありました。万寿台の丘に建てた主席 の銅像は、不世出の愛国者、民族の父、社会主義朝鮮の始祖であるわが主席の厳かな象徴です。こんにちも、わが人民は祝日のときや、うれしいときや、自分の 生活で意義深いことがあったときには主席の銅像を訪れて花束を献じ、丁重にあいさつをしています。これは、主席に対するわが人民の最も崇高な道徳・信義の 表れです。

            しかし、私の60歳の誕生日は事情が違います。私は、主席の偉業を継承して主席が収めた業績を固守し、輝かせていく革命戦士です。私は、主席の戦士 であって、主席の畢生(ひっせい)の志を継いでわが人民に良い暮らしをさせるようにし、祖国を統一し、チュチェ革命偉業を完成させなければならない歴史的 使命を担っています。主席の霊前に立てた誓いを全て実践するには、経済問題と人民生活の問題、祖国統一の問題をはじめ今なお重大な課題が多く残っているの に、60歳の誕生日であるからといって、私の銅像を建てることはできません。主席があれほど望み、尽力した祖国統一を成し遂げていない時に私の銅像を立て るのは許されないことです。

            私は、権力や官職を欲しがる気持ちなど全くなく、ひたすら主席を立派に頂いて主席の偉業を忠実に継承し、完成していく一心だけです。主席が逝去した 後、われわれの活動家と人民の間では、私を共和国主席に推戴しなければならないという意見や要求が多く提起されたが、それは私の信念と意志にそぐわないの で、受け入れられませんでした。私は、過去に国際共産主義運動の中で革命の背信者、野心家、陰謀家によって損なわれた共産主義道徳を正し、わが人民が主席 が永遠にわれわれと共に居るという確固たる信念を持つようにするため、国家機関の体系を改め、主席は共和国の唯一の主席、永遠な主席であるということを法 により定めるようにしました。新しい国家機関の体系でも、私は国防委員会委員長の職責だけを担い、国家の行政職責は他の活動家に任せるようにしました。わ れわれの活動家は、憲法を修正して国家機関の体系を改めた党の意図もはっきり分からないようです。

            主席を頂いて仰ぎ、主席の偉業に忠実なわが党の崇高な共産主義的道徳・信義については、世界が驚嘆しており、敵もあえてそしることができないでいま す。なのに、われわれの活動家が私の銅像を建てる問題を主席と結び付けて考えられないのを見ると、彼らが共産主義的道徳・信義に対する認識がどれほど希薄 なのかが分かります。活動家は、私の銅像問題を提起する前に、主席が逝去して数年しかたたない時に私の銅像を建てたら、それが自分の指導者を心から仰ぐこ とになるのか、共産主義的道徳・信義の関係でどんな損失をもたらすのかについて当然、深く考えてみなければなりません。私には今、主席の革命偉業を継承し て祖国統一を成し遂げ、この地に強盛大国を打ち立てる考えしかないのに、何のために私が望みもしない銅像を建てようとするのか分かりません。今、私の銅像 を建てるというのは、共産主義的道徳・信義を持って主席の革命偉業を継承し、完成させようとする私の意図に合いません。

            60歳の誕生日を契機にして私の銅像を建てるというのは、共産主義的なものというよりも、歳が60になれば、当然のように還暦を祝わなければならな いというような古い観念の表れとしか見ることができません。まして、最近、私がわれわれの活動家に主席は60青春、90還暦であると言ったではないか、働 き盛りの歳に還暦を祝ってどうするのかと言ったのに、私の還暦であるからといって銅像を建てるというのは、話になりません。私は今、私に関する映画も制作 しないよう統制しています。私が血気盛んで精力的に活動しているのに、私に関する映画を制作する必要はありません。

            60歳の誕生日を機に私の銅像を建てるというのは、わが人民の心に宿った信念にも合いません。現在、わが人民は私を見て主席そのままの将軍と言い、 詩人も主席はすなわち将軍であり、将軍はすなわち主席であると歌っています。このような状況で、人民が主席の銅像を見れば私を見るのと同じように思うよう にし、主席の銅像に花束を献じてあいさつすれば、それがすなわち私にも願いを表すものと思うようにしなければならないのに、そうにせず私の銅像を別個に建 てて人民の心の中で主席と私を区別するようにする必要はありません。

            銅像を建てる問題で人民の便宜も当然、考慮しなければなりません。われわれは、錦繍山記念宮殿(平壌)をチュチェの最高聖地に整え、父なる主席を生 前の姿で安置したし、意義深い各所に主席と母(金正淑女史)の銅像を建てました。わが人民は祝日や重要記念日に主席と母の銅像を訪れてあいさつし、忠誠の 決意を固めます。これから私の銅像まで建てたら、人民が錦繍山記念宮殿や主席の銅像を訪れてあいさつし、母の銅像を訪れてあいさつをした後、また私の銅像 を訪れてあいさつするだろうが、そうなれば人民に不便を与えかねません。

            ある活動家は、私の60歳の誕生日を迎えるので、銅像を建てて何かを残さなければいけないのではないかと考えているようだが、銅像を建てるのが重要 なのではなく、業績を残すことが重要です。偉人の歴史は銅像や記念碑で輝くのではなく、思想と業績で輝くものです。党と領袖に真に忠実な活動家ならば、銅 像を建てようと提起する前に、党の思想と指導をさらにしっかり体して党の業績を固守し、輝かせるためあらゆる努力を尽くさなければなりません。業績を輝か す考えをせず、銅像をまず建てる考えをするのは誤ったことです。既に、1970年代に主席の銅像を建てたので、今私の銅像まで建てる必要はありません。

            共産主義的道徳・信義に忠実な革命家ならば、今のような時に私の銅像を建てようとするのではなく、祖国を一日も早く統一し、統一した祖国に銅像を建 てようと言わなければなりません。祖国を統一した後に私の銅像を建てるというのであれば、それは問題が異なります。われわれが主席の革命偉業を継承して祖 国統一を実現すれば、誰が言わなくとも人民が銅像を建てるでしょう。そうすれば、共産主義的道徳・信義の見地から見てもかなうし、人民の前でも堂々とする ことができ、革命を行ったやりがいもあるでしょう。

            一時、将子山(慈江道)に私の銅像を建てるという意見も提起されたことがあるが、われわれの活動家が考えているのを見ると妙なことです。将子山は高 山鎮(同)とも性格が異なります。高山鎮は金日成主席が峻厳(しゅんげん)な祖国解放戦争(朝鮮戦争)の時期に再進撃を構想して準備した歴史的意義の深い 場所です。しかし、将子山は、私が革命活動を行ったり、何か業績を残した地でもなく、祖国解放戦争の時期の幼い頃に一時滞在していた場所です。将子山に私 の銅像を建てると言ったのも、何の政治的考慮もなく提起したものであるとみられます。そのため、私はそうした問題が提起された時、活動家にこれについて はっきり言いました。

            一部の活動家は、あたかも私が自身と関連した問題なので承認しないかのように考えているようだが、それは誤った考えです。自分自身の問題だからと 言って一概に謙遜であるべきだという法はありません。革命の指導者を押し立てて仰ぐのは、革命の運命を左右する根本の問題であり、この問題はあくまでも革 命の要求、革命の原則に基づいて解決しなければなりません。革命は、団結の中心を求め、指導者を押し立ててこそ勝利できます。卓越した指導者を押し立てて その周りに人民を固く団結させてこそ、革命を勝利へと導くことができます。私は、自分の問題だからと言って無原則に疎んじたり、虚無的に扱わず、たとえ自 分自身の問題だとしても革命の要求に発して承認するものは承認します。私が銅像を建てる問題を承認しないのも革命の原則に発したものです。ある活動家は、 主席の誕生60周年の時には私が発案して主席の銅像を建てたが、私の60歳の誕生日の際には誰がそのようなことを提起するのか、われわれが提起してでも銅 像を建てなければならないとし、あたかも自分たちが私の銅像を建てるかのように言っています。人民軍にも、こうした問題を持ち出す者が居るといいます。

            私は今、私の力、私の能力で革命と建設を指導しています。主席は生前私に、誰かに押し立てられるのを願うのではなく、自分の実力で党と革命を指導し なければならないと述べました。私は主席の教え通り、党中央委員会で活動を始めてからこの30余年間、わが党を指導してきたし、主席が逝去した後、わが革 命が困難な試練を経ることになった時には軍隊を掌握し、先軍革命指導で祖国と革命、社会主義を守ってきました。今も、わが革命は厳しい試練を経ています が、われわれは信念と楽観に満ちて社会主義強盛大国の建設のための闘いを力強く行っています。米帝国主義者もわれわれが屈せず、断固立ち向かっているの で、あえてどうすることもできません。現在、世界の人々が皆、軍隊と人民を一つに固く団結させて革命隊伍(たいご)の一心団結を遂げ、複雑な情勢の中でも 革命と建設を新たな高揚へと導く私の政治方式と統率力が独特であると言いますが、このように認められることがむしろ銅像を建てるよりも良いです。

            一部の活動家は、私の銅像を建てるのは私自身と関連した問題なので、私に分からないようにしなければならないと言うが、そうすることはできないし、 また、そうしてはなりません。私は、革命の歴史の教訓から、私の問題であるほど放置せず関与し、大きな問題であれ、小さな問題であれ、全て私の承認を受け て執行することを求めています。私は、銅像問題のようなものが提起されることもあるので、万寿台創作社(平壌)をはじめそうした問題に関与できる機関に特 別な注意を払っています。私は、一部の活動家が万寿台創作社に行って私の銅像を建てることに関する課題を与えたことがあることも以前から知っており、この 問題について言おうとしました。活動家が私に知られないように私の銅像を建てようというのは非常に正しくありません。私は、こうした問題について絶対に黙 過せず、認めもしません。

            誰であろうと、私の意図に合わない問題を提起する者は結局、私の意に従わない者であるとしか見られません。そのような活動家は、困難な闘いの中で結 ばれた同志ではなく、革命的に鍛錬されていない実務的な活動家にすぎません。主席が逝去した後、苦難の行軍、強行軍を行って主席の遺訓貫徹に尽力している 時に私に力を与え、手助けする代わりに、私の意図に合わない問題を持ち出す行為をしてはなりません。

            指導者と活動家の関係は、単純に指示して服従する関係ではなく、革命的信念と共産主義的道徳・信義に基づいた真の同志の関係にならなければなりませ ん。同志というのは、革命の道で志を共にし、生死を共にする人だということです。指導者と活動家の関係が同志の関係にならなければならないというのは、指 導者を心から仰ぎ、指導者の志通りに思考して行動する一脈相通ずる関係にならなければならないということです。主席の革命偉業を最後まで完成させるには、 その偉業を継承していく指導者の意に従わなければなりません。指導者を仰ぐには、思想と志に従う政治的な指導者として仰ぐべきであって、官職に服従する機 構的な指導者として仰いではなりません。指導者を機構的な指導者として仰ぐのは真実ではないし、それは一つの形式にすぎません。私は元来、形式張ったりす るのを好みません。わが活動家は、形式張ったり、格式張るのではなく、何の私心や虚飾もなく、心から指導者を仰いで従わなければなりません。指導者を仰ぐ と言って指導者の意に反する行動をしたり、党の方針を貫徹すると言ってむしろ党の方針貫徹を阻み、党の権威を損なうような現象は全て、指導者を仰ぐ活動家 の姿勢と立場が真実でなく、純潔でないのと関連します。

            われわれの全ての活動家は、常に透徹した革命的信念と美しい良心を持って自分の指導者を絶対的に崇拝し、心から仰ぎ、擁護しなければなりません。活 動家は、考えても指導者の思想と意図通りに考え、話しても指導者の言葉で話し、歩いても指導者と歩調を合わせなければなりません。指導者が良いと言えば良 いと言い、悪いと言えば悪いと言い、指導者がせよという通りにだけする活動家が真に忠実な活動家です。私の思想と指導に従って仕事を責任を持って実質的に 行い、実際の活動で私を助け、私の60歳の誕生日のときに祝賀の手紙でも1枚書いてよこせば、私はそういう活動家を私と志を共にし、生死を共にする革命同 志と見なすでしょう。

            現在、一部の活動家は、私の銅像問題を持ち出しているが、私は青年に関する記念塔を立派に建ててあげようと考えています。わが革命は、主席の指導の 下に青年共産主義者によって開拓され、われわれの青年は革命の各時期、各段階で重要な役割を果たしました。抗日革命闘争の初期に主席をハンビョル(一つ 星)と仰いだのも青年共産主義者であったし、新たな祖国建設で先頭に立ったのも青年でありました。先の祖国解放戦争の時期に李寿福のような英雄も青年の中 から生まれました。戦後の時期、海州―下聖間(黄海南道)を結ぶ鉄道工事をあれほど短期間に終えたのも青年建設者であったし、千里馬作業班運動で人間改造 事業の先頭に立ったのもキル・ファクシル、李信子のような青年でした。こんにちも、祖国防衛と重要プロジェクトの建設のような困難で骨の折れる仕事は全て 青年が受け持っています。現在、われわれの青年は、全てが不足し、困難な状況でも土や石を背中に背負って運び、平壌―南浦間高速道路のような記念碑的創造 物を打ち立てています。われわれの青年こそ、実に立派な青年であり、彼らのためなら惜しいものはありません。わが党は、常に青年を固く信じており、青年運 動を発展させることに大きな力を入れています。私は、青年と一緒に革命を行わなければならないので、青年にしてあげられることは何としても全てしてあげよ うと思います。そのため最近、青年の記念塔をどこに建てようかといつも考えています。私が青年の記念塔を建てようとすることについては、わが人民も皆支持 するでしょう。

            党中央委員会の責任活動家がまず私の銅像問題について正しい認識を持って、活動家をしっかり教育しなければなりません。銅像問題だけでなく、全ての活動を指導者に対する真実の忠誠心を持って指導者の思想と意図に沿って行うようにしなければなりません。

            ( 朝鮮新報 2012-02-03 11:31:38 )




            ______________________________________________

            ★ 朝鮮新報は朝鮮総聯の機関誌です。
            ★ 朝鮮総連の幹部は北朝鮮の国会議員であり、朝鮮総連は北朝鮮の指令に絶対服従です。
            ★ 韓国の東亜日報は「朝鮮新報は北朝鮮のスポークスマン的メディア」と書いています。

            | NNL | 北朝鮮−思想− | 22:51 | comments(0) | trackbacks(2) | - | - |
            金正日総書記の談話公開
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              http://jp.korea-np.co.jp/article.php?action=detail&pid=52887

              労働新聞 金正日総書記の談話公開

              主席の偉業を継承し輝かそう

              労働新聞1月18日付は、金正日総書記が1999年10月27日に朝鮮労働党中央委員会の責任活動家と行った談話「偉大な金日成同志を戴くのは、わが党と人民の最も崇高な道徳・信義である」の全文を掲載した。

              談話によれば、総書記は自身の銅像を建てることに強く反対していた。総書記生誕60周年に際して朝鮮労働党歴史研究所が銅像建立の提案書を提出した とき、総書記は「不許可」と署名して送り返したという。そして、このような問題が提起されるのを見ると、いまだ活動家が自身の意図をはっきり認識せずに働 いているということがわかると厳しく批判し、次のように指摘した。

              私は、主席の偉業を継承して主席が収めた業績を固守し、輝かせていく革命戦士である。主席の霊前に立てた誓いをすべて実践しようとすれば、経済、人 民生活、祖国統一問題をはじめ、今なお重大な課題が多く残っているのに、60歳の誕生日を迎えたからといって私の銅像を建てることはできない。私は、主席 の偉業を忠実に継承し、完成させていくだけだ…。

              総書記は談話で、自身の銅像を建ててはならない理由を4つあげている。

              第1に、共産主義的道徳・信義をもって主席の革命偉業を継承・完成させようという自らの意図に合わないということだ。総書記は談話で、主席が逝去し て数年しか経たない時に自身の銅像を建てたら、それが自分の指導者を心から仰ぐことになるのか、共産主義的道徳・信義の関係でどんな損失をもたらすのかに ついて深く考えるべきだと述べている。

              第2に、人民の心に宿った信念にも合わないということだ。総書記は談話で、人民が主席の銅像を見て、自身を見るのと同じように思い、主席の銅像に花 束を献じてあいさつすれば、それがすなわち自身に対する敬意だと思えばいいのであって、銅像を別個に建てて人民の心の中で主席と自身を区別するようにする 必要はないと述べている。

              第3に、人民の便宜も考慮しなければならないということだ。総書記は談話で、自身の銅像まで建てたら、人民が錦繍山記念宮殿や主席の銅像を訪れてあ いさつし、金正淑女史の銅像を訪れてあいさつをした後、また自身の銅像を訪れてあいさつをするようになるとし、そうなれば人民に不便を与えかねないと述べ ている。

              第4に、銅像を建てるのが重要なのではなく、業績を残すことが重要だということだ。総書記は談話で、党と指導者に真に忠実な活動家ならば、銅像を建 てようと提起する前に、党の思想と指導をさらにしっかり体して党の業績を固守し、輝かせるため尽力しなければならないと述べている。

              総書記はさらに、一部の活動家が銅像を自身に知られないように建てるかもしれないので、万寿台創作社(平壌)をはじめ、そうした問題に関与できる機 関に特別な注意を払っていることに言及した。そして、こうした問題については決して黙過せず、認めないと話した。また、自身に関する映画も制作しないよう 制限していることも明かした。

              総書記は、指導者と活動家の関係についても言及。単純に指示して服従する関係ではなく、革命的信念と共産主義的道徳・信義に基づいた真の同志的関係にならなければならないと述べた。

              そして、活動家らが実践活動によって自身を助け、60歳の誕生日のときにはお祝いの手紙を1枚書いてくれればよい、そういう活動家こそ革命同志であると述べた。

              最後に、自身の銅像ではなく、青年運動に関する記念塔を立派に建てる構想を披露した。

              国内の反響

              労働新聞1月19日付は、今回の談話に関する国内の反響を紹介した。

              朝鮮労働党中央委員会党歴史研究所のキム・ジョンイム所長は、大国喪に遭い、人民は総書記の銅像を建てられなかった罪悪感で胸を痛めていたが、13年前の胸の熱くなる談話が発表され、総書記の銅像を建てられなかった理由を全人民が知るようになったと指摘した。

              金日成社会主義青年同盟中央委員会の李勇哲第1書記は、総書記の銅像を建てようという人民の切実な願いは許さず、むしろ青年に関する記念塔を建立しようと心遣ってくれた総書記への思いで数百万青年たちの心を激しく揺さぶっていると話した。

              談話「偉大な金日成同志を戴くのは、わが党と人民の最も崇高な道徳・信義である」

              ( 朝鮮新報 2012-02-03 11:34:13 )
              | NNL | 北朝鮮−思想− | 18:57 | comments(0) | trackbacks(5) | - | - |
              共産主義作曲家・鄭律成
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                http://japanese.donga.com/srv/service.php3?biid=2012012003158


                 オピニオン]共産主義作曲家・鄭律成

                記事を聞く
                JANUARY 20, 2012 08:25


                日本による植民地支配期、朝鮮の知識人の間に共産主義が流行した時がある。共産主義の実験は後日惨憺たる失敗に終わったが、当時は無産者革命思想で武装した抗日武装闘争が、「失われた祖国」を取り戻す有力な代案と見なされた。抗日闘士は国境を渡り、中国を武装闘争の主要舞台とした。

                ◆彼らのうちの1人、「革命家」金山(キム・サン)は、無政府主義者として活動し、中国共産党に加わって抗日闘争を行った。1938年、日本のスパイという濡れ衣を着せられて処刑された彼の人生は、ニム・ウェールズの小説「アリラン」を通じて私たちに伝えられた。この本が初めて出たのは1941年だったが、国内に翻訳され出版されたのは1986年だった。

                ◆KBSが15日に放送したドキュメンタリー「13億大陸を揺さぶる、音楽家・鄭律成(チョン・ユルソン)」に対して様々な声がある。この番組は、鄭律成を「『新中国創建英雄100人』に選ばれ、中国の3大現代音楽家の1人とされる誇らしい韓国人」と称賛した。しかし、鄭律成は韓国戦争で中国共産軍として参戦し、北朝鮮の公式軍歌として歌われた「朝鮮人民軍行進曲」を金日成(キム・イルソン)主席に捧げた人物だ。KBSは、鄭律成の親北容共の行為には目を向けず、彼の人生を美化して英雄視することに焦点を合わせてドキュメンタリーを制作した。

                ◆公営放送の世界的なモデルであるBBCを保有する英国は、公営放送の制作の原則として、「国家アイデンティティと共同体意識」という項目を提示している。BBCが1986年に、テロ組織であるアイルランド共和軍(IRA)の2人の指導者のドキュメンタリーを制作したが、これに英国政府がブレーキをかけたのも、この原則によるものだ。同番組を制作したKBSのプロデューサー・朴ゴン氏は、ある寄稿で、「私が守りたい体制は、親日派の子孫や独裁政権の手下が冷戦イデオロギーを巧妙に利用して相変らずいい暮らしをしているような体制ではない」と述べていた。ならば朴氏は、世界最悪の独裁者、金日成主席の手下として大韓民国に銃を向けた共産主義者を称賛することが大韓民国の公営放送KBSのすべき仕事なのかについても明確にしなければならない。KBSの金仁圭(キム・インギュ)社長は、国家アイデンティティを揺るがすこの放送を見て何を考えたのだろうか。

                ハ・テウォン論説委員 triplets@donga.com

                | NNL2 | 北朝鮮−思想− | 08:58 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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