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金正恩氏出席し追悼大会 総書記死去100日
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     http://sankei.jp.msn.com/world/news/120325/kor12032514250004-n1.htm

    金正恩氏出席し追悼大会 総書記死去100日


    2012.3.25 14:23
    北朝鮮


     北朝鮮の金正日総書記の死去から100日に当たる25日、平壌の金日成広場で追悼大会が行われ、新指導者、金正恩氏が出席した。崔永林首相が追悼の辞を読み上げ、金永春人民武力部長が演説を行った。正恩氏の発言はなかった。


     正恩氏はこれに先立ち、幹部らと金総書記の遺体が安置されている平壌の錦繍山太陽宮殿を訪れ、金総書記の大型肖像画「太陽像」の前で黙とうし、哀悼の意を表した。

     朝鮮中央テレビなどが追悼大会の様子を実況中継した。(共同)

    | NNL | 北朝鮮−金正日死亡− | 08:45 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
    金正日、生前に4人の女性と同居…結婚は一度
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      http://japanese.joins.com/article/637/146637.html?servcode=500&sectcode=500


      金正日、生前に4人の女性と同居


      …結婚は一度


      2011年12月20日15時17分
      [ⓒ ISPLUS/中央日報日本語版]


      北朝鮮の金正日(キム・ジョンイル)総書記が最初に同居した成恵琳(ソン・へリム)、金正恩(キム・ジョンウン)の生母・高英姫(コ・ヨンヒ)、4人目の同居女性の金玉(キム・オク)。


      北朝鮮の金正日(キム・ジョンイル)総書記が最初に同居した成恵琳(ソン・へリム)、金正恩(キム・ジョンウン)の生母・高英姫(コ・ヨンヒ)、4人目の同居女性の金玉(キム・オク)。


        北朝鮮の金正日(キム・ジョンイル)総書記が死去し、「将軍様の女性」に関心が集まっている。 金総書記は生前に成恵琳(ソン・ヘリム)、金英淑(キム・ヨンスク)、高英姫(コ・ヨンヒ)、金玉(キム・オク)の4人の女性と同居し、正式結婚は1回した。


        ◇1人目は離婚女性の成恵琳(ソン・ヘリム)

        最初の女性は60、70年代初めの北朝鮮映画界で最高の女優だった離婚女性、成恵琳だった。 金総書記より5歳年上の成恵琳は1937年に慶尚南道昌原(キョンサンナムド・チャンウォン)で生まれ、韓国戦争(1950−53年)当時、左翼系列の知 識人である親と一緒に北に渡った後、朝鮮プロレタリア芸術家同盟(KAPF)作家・李箕永(リ・キヨン)の長男・李平(リ・ピョン)と結婚し、娘を出産し た。 60年代末に文芸部門を指導した金総書記の目に留まり、夫と離婚して「将軍様」と同居した。 1971年に長男・正男(ジョンナム)を出産したが、金総書記が複数の女性と同居しながら神経衰弱と憂鬱症に苦しみ、02年5月にモスクワで死去した。

        ◇公式夫人の金英淑(キム・ヨンスク)

        2人目の女性・金英淑(1947年生まれ)は4人の女性のうち唯一、金日成(キム・イルソン)主席の許諾を受けて結婚式を挙げた公式 夫人。 咸境北道(ハムギョンブクド)人民保安局のタイピストを経て、労働党幹部部で文書員として働いているところ、幹部部事務所を出入りしていた金総書記に気に 入られて結婚したという。 金英淑は真面目で従順な田舎の女性であり、夫の浮気を宿命として受け入れた封建時代の典型的な内助者だった。 雪松(ソルソン)、チュンソンら娘ばかり出産し、公式夫人としての地位を失った。

        ◇最も愛された高英姫(コ・ヨンヒ)

        金正日総書記が最も愛した女性は在日同胞だった高英姫。 金総書記の後継者、金正恩(キム・ジョンウン)の生母だ。 1960年代の在日同胞北送当時、親と一緒に北朝鮮に渡った後、萬寿台(マンスデ)芸術団舞踊家として活動していた1970年代半ば、金総書記と同居を始 め、04年に乳がんで死去するまで‘金正日の女性’の地位を守った。 1998年ごろ乳がんの診断を受け、片方の乳房を切除しなければならない状況になったが、乳房切除で金総書記の女性の地位が危うくなると判断、医療陣の引 き止めにもかかわらず、切除の代わりに抗がん治療を選択した。 これが結局、5年後に再発し、パリの病院で治療を受けている途中に死去した。

        ◇最期を看取った金玉(キム・オク)

        4人目の同居女性は金玉で、金総書記が目を閉じる最後の瞬間まで付き添った最後の女性でもある。 平壌音楽舞踊大学(現・金元均名称平壌音楽大学)でピアノを専攻し、1980年代初めから高英姫が死去するまで、金総書記の書記室課長という肩書で特別補 佐をした。 金玉は金総書記の女性のうち唯一、外交活動に同席した。 金総書記の6回の中国訪問と3回のロシア訪問に同行し、05年と09年に金総書記が玄貞恩(ヒョン・ジョンウン)現代(ヒョンデ)グループ会長に会った時 も同席した。 金玉は権力機関の主要人物を金総書記に建議するなど、国政全般に深く関与してきたといわれる。 金玉は、金総書記が突然倒れた当時、病状の夫を回復させるために看病する平凡な女性の姿を見せたと伝えられている。
      | NNL | 北朝鮮−金正日死亡− | 19:02 | comments(0) | trackbacks(4) | - | - |
      朝鮮人民の涙より清くて強いものはない
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        http://www.kcna.kp/goHome.do?lang=jpn


        【平壌2月11日発朝鮮中央通信】11日付の「労働新聞」は政治論評で、祖国と人民のためにすべてをささげた金正日総書記の純潔無垢な一生涯を心に刻んだ朝鮮人民の涙より清くて強いものはないということを強調した。

        同紙は、総書記の流れていった一生涯をみな見て、体験した人民は今、この上なく偉大な人間をいただいてきたし、この世にまたとない幸福と栄光の歳月を生きてきたということをなおいっそう骨身にしみるほど、なおいっそう強烈に心臓に刻むとし、次のように指摘した。

        総 書記は、暖かい揺らんでない雪風が吹きまくる白頭山密林の小さな丸木小屋で生の第一歩を踏み出したその日から抗日戦区で寒い苦労、食糧不足の苦労、祖国を 懐かしむ苦労から先に悟って育ったパルチザン幼年期を経て、建国と3年間の戦争、復興建設の峠を越えなければならなかった。

        その後、またも や待っていた70年代、誰もやってみたことがなく、ひたすら自身の実力と意志だけで実現しなければならなかった継承偉業と速度戦の熱風で大変革を成し遂げ た80年代の繁栄期、再び切り抜けて行かなければならなかった社会主義守護戦と血の涙の海、苦難の行軍と先軍長征、核対決戦と砲声なき戦争、そして世界に 羽ばたく大飛躍と最先端突破戦・・・

        わが総書記は、一生涯偉大な指導者、最高司令官である前に偉大な人間としてわれわれの前にいたし、使命や理念、義務よりも純潔な良心で人民に対し、生の足跡を刻んできた。

        人民が差し上げたもの、自身のために受けたものがあまりにもなかった。

        寝ても覚めても、夢を見ても、昼であれ、夜であれ、雨の日も雪の日も、嬉しくても、悲しくても、人民のみであった。

        施した恩恵が海をなすが、自ら絶えず愛の荷物を担って、常に気を遣いながら心血を傾けて生きてきたわが総書記であった。

        最期の日々に総書記は、休息は言うまでもなく治療を受けなければならない身であった。人民がまだ眠りから覚めていない明け方に静かに現地指導の道について、その想像できない最後の痛みを一人でこらえていて、他界した総書記である。

        強者の笑いは勝利で輝き、偉大な人間の微笑は人民の心臓の中に不滅の魂として刻み付けられている。

        総書記の念願がまだ前にあり、止まった列車の汽笛の音がこれからいっそう高らかに響かなければならないので、総書記の戦士、弟子らしくもっと強くなり、さらなる勝利を必ずや達成しなければならないので、総書記の生はこれで終わりではなく始まりなのである。

        われわれのためにかくも惜しみなく注いだ母の情を感動の涙だけでは刻むことができない。

        わが総書記の一生は毎日、時刻ごとに自身を映してみてひきしめ、前進するようにする心の鏡として、自分の心臓の血と息づかいとしてわれわれみんなに深く大切に刻み付けられている。

        総書記が一生あたった吹雪を花吹雪に作り、総書記が一生願った強盛復興の勝利を必ずや達成して、錦繍山記念宮殿におられる総書記が心配をすべて晴らして幸福と喜びの中で楽に休むようにしてあげなければならない。

        千万が腕と肩を組んで進むチュチェの行軍路の上に総書記が願っていた強大で文化水準が高く、繁栄する国、世界が見上げる金日成金正日朝鮮がまぶしく建設されるようになるであろう。―――

        | NNL | 北朝鮮−金正日死亡− | 08:06 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
        偉大な先軍総帥をいただいて不抜の威力をとどろかしてきた強国
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          http://www.kcna.kp/goHome.do?lang=jpn

           

          【平壌2月10日発朝鮮中央通信】

          金正日総書記は、あまりにも突然の民族の大国喪と帝国主義の反共和国圧殺策動、相次ぐ自然災害によって祖国の運命が岐路に立たされていたきびしい時期に先軍の旗じるしを高く掲げた。

          総書記は、精力的かつ献身的な先軍革命指導でもって社会主義守護戦と強盛国家の建設で世人を驚嘆させる奇跡と巨大な転変をもたらした。

          金正日総書記が積み上げた不滅の業績は、チュチェ革命偉業の達成をめざす進軍の道に立ち上がった朝鮮人民の百勝の旗じるしとなっている。 ―――



          | NNL | 北朝鮮−金正日死亡− | 07:46 | comments(0) | trackbacks(1) | - | - |
          礼節には礼節で
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             http://sankei.jp.msn.com/world/news/120129/kor12012908310000-n1.htm

            礼節には礼節で

            2012.1.29 08:29

             強い違和感を覚えた。昨年12月22日、国連総会で北朝鮮の金正日総書記の死去を悼む黙祷(もくとう)が行われた。国連総会はそのわずか3日前に 北朝鮮の人権状況に対する非難決議を採択したばかりだったのにである。そうした場で、そんな人権状況を主導した「独裁者」への追悼が行われるというのはど う考えても不似合いだ。北朝鮮は国連に追悼儀式を行うよう要請していたものの、結局は行われないだろう、と多くの国連外交官も思っていたようだ。

              ナセル総会議長(カタール出身)が「総会の規則や前例に基づいて」決めたと説明したように、どんな問題国家であれ、加盟国からの正式な申し出として、「中 立」が求められる総会議長としては、受けざるを得なかったという。民主主義国家も強権体制国家も加盟する巨大組織の国連では「手続きがすべて」といったと ころがあり、手続きに精通することが自国の利益につながる。ましてや総会は、常任理事国が強大な権限を持つ“格差社会”の安全保障理事会とは違い、加盟国 がともに一票を持つ“平等社会”である。

             とはいえ、追悼儀式は図らずも、国際社会が金総書記をどう見ていたかを物語っていたように思う。日米韓をはじめとする民主主義国家がボイコットし たため、議場はガラガラ。追悼演説もなかった。ある国連高官は「加盟国の元首らが亡くなった場合、国連事務総長や国連のホスト国である米国などが追悼演説 を行います。昭和天皇崩御の際は多くの追悼演説が行われました」と話す。本来の黙祷時間は1分だが、金総書記の場合は30秒弱で、「ナセル議長や国連事務 局ができるだけ抑えたものにしようと腐心した形跡がある」(国連高官)という。

             韓国出身の潘基文(バンギムン)事務総長は金総書記の死去 に際し、短いコメントを出した。韓国の外交通商相を務めた潘氏は国連内のだれよりも北朝鮮通であり、2007年の事務総長就任に際しては「金総書記から祝 電をもらった」という。それだけに「事務総長はできる限りの配慮をした」(国連関係者)との見方もある一方で、北朝鮮の国連代表部が設けた記帳所に自らは 出向かず、「一線を画す対応をした」(米メディア)と評価されている。

             いずれにせよ、国連は北朝鮮に礼節を尽くした。礼節には礼節で応じるのが儒教の教えだ。今度は儒教国家の北朝鮮が国連や国際社会に応える番であろう。(副編集長 長戸雅子)







            | NNL | 北朝鮮−金正日死亡− | 21:54 | comments(0) | trackbacks(2) | - | - |
            金正男氏が日本人記者に語った父・金正日
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               http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2012/01/17/2012011701356_3.html

              金正男氏が日本人記者に語った父・金正日

              『月刊朝鮮』が報道

              「北は核問題のため天安を攻撃した」

               

               17日発売の『月刊朝鮮』は、昨年12月に死去した北朝鮮の金正日(キム・ジョンイル)総書記の長男・正男(ジョンナム)氏=写真=が、日本のメディア関係者と7年にわたってやりとりした電子メール対話録を入手したと報じた。この対話録は、2004年から昨年12月まで、金正男氏と東京新聞の五味洋治編集委員がやりとりした100通以上の電子メールと、2011年1月、5月に直接会ったときの話をまとめたもの。五味委員はこれを基に『父・金正日と私 金正男独占告白』というタイトルの本を出版する。

              ■「金総書記は世襲に反対した」

               正男氏は、五味委員に「祖父(故・金日成〈キム・イルソン〉主席)と外見が似ているだけの正恩(ジョンウン)が、北の住民をどれだけ満足させられるか心配。現在の正恩は象徴的な存在にすぎず、既存のパワーエリートが権力を主導するだろう」と語った。正男氏は、金総書記が当初「息子が権力を受け継ぐようにはしない。世襲は、自分と父・金日成の業績を駄目にする」として3代世襲に反対していたと語った。にもかかわらず、結局3代世襲を決心したのは、体制維持のためには「白頭山の血統(金日成主席の血統)」が重要だという現実的判断があったからだという。正男氏は、中国が3代世襲を見詰める視点について「中国政府は、世襲を歓迎しているというより、北朝鮮内部の安定のため、後継構図を認めているだけ」と語り「3代世襲は世間の笑いもの」とコメントした。

               また正男氏は、延坪島砲撃をめぐり「北朝鮮軍部が、自分たちの地位や存在理由、核保有の正当性を浮き彫りにするために実行した挑発」と語った。哨戒艦「天安」爆沈については「北朝鮮の立場からすると、西海(黄海)5島(西海沖の北方限界線〈NLL〉近くにある五つの島)地域は交戦地域だというイメージを強調する必要がある。それでこそ、核、先軍政治のいずれにも正当性が付与される」と語った。

              ■「改革・開放を直言して遠ざけられた」

               正男氏は、自分が後継者の座から遠ざけられた理由について「スイス留学を終えて北朝鮮に戻った後、父に改革・開放を主張してから遠ざけられ、その後警戒の対象になった」と語った。「父は私を留学させた後、とても孤独だった。異母兄弟の正哲(ジョンチョル)、正恩、ヨジョンが生まれると、異母弟たちに愛情を注ぐようになった。私が長い留学期間を経て資本主義的な考えを身に付けると、父は弟たちの海外留学期間を短縮させた」


              正男氏は「私はチャンスがあるたびに、(父に)あるがまま、計画もなく直言する。以前は核実験、ミサイル発射実験に対する国際社会の懸念も直言した。最近も、住民たちの豊かな暮らしのために突き進むよう、弟(金正恩氏)をよく教育してほしいと注文している」と語った。また正男氏は、正恩氏の強力な後見人となっている叔母の金敬姫(キム・ギョンヒ)氏、その夫の張成沢(チャン・ソンテク)氏との関係について「私は今でもよい関係にあり、格別な愛情を受けている。(2人の)特別な関心の中にある」と語った。

              ■「正恩氏とは一度も会ったことはない」

               正男氏は、正恩氏の性格について「異母弟ではあるものの、ただの一度も会ったことがなく、当人の性向についてはよく分からない」と語った。しかし正哲氏とは海外で何度か会ったという。正男氏は「金正恩体制は長くは続かないだろう」と述べ、正恩氏の「若さ」と「統治経験のなさ」に懸念を示した。また、既存の権力の間で勢力争いが起こるだろうという見解も示した。

               正男氏は、北朝鮮の体制について「改革・開放をしなければ北朝鮮が倒れ、改革・開放を進めれば北朝鮮の政権が崩壊するだろう。改革・開放か体制守護かをめぐって手をこまねいている間に、時間が過ぎてしまうのではないかと心配」と語った。また正男氏は、北朝鮮が対外強硬路線に固執する理由について「生存のための政治的システムだ。核を絶対放棄しないだろう」と語った。

               正男氏は、2011年9月14日に五味洋治編集委員に送ったメールで「最近、後継者(金正恩氏)が重視する軍部の家族9人が脱出し、北朝鮮当局が頭を痛めている」と語った。正男氏が言及した「軍部の家族9人」とは、昨年9月に日本の領海内で発見された朝鮮人民軍の家族9人である可能性が高い。一行の引率者役となっていた男性は「私は北朝鮮の最高人民会議議長を務めた白南雲(ペク・ナムウン)の孫」と主張していた。

              ■「中国は私を保護しながら監視」

               正男氏は「中国政府は私を保護しているが、監視している面もある。避けられない私の運命だ。逃れられない運命なら、楽しみながら暮らすのがいい」と述べ、さらに「私がよくマカオに出掛ける理由は、家族が住んでいる中国本土から最も近い、自由な地域だから」「私には女性遍歴があるが、妻は1人だけで、私がこの世で最も愛している人は妻だ。2001年の日本での事件(同年5月に不法入国しようとして摘発され、退去強制処分を受けた時のこと)で、幼い息子(グムソル氏)と手をつないでいた女性こそが、私の妻。眼鏡を掛けた若い女性は秘書」と語った。

               正男氏は、01年の日本への不法入国事件について「偽造パスポートで海外に出ることは、当時(北朝鮮で)一般的だったことで、何度も日本を訪問し、東京の有名ホテルやレストランを訪れた。正恩もブラジルのパスポートを偽造し、日本を訪問したことがある」と述べた。このほか「アルコールが好きだが、痛風を患っており、その痛みと発作のため、尿酸調節剤を毎日服用している」とも語った。

               正男氏は、11年10月にメディアで明らかにされた自分の息子(ハンソル氏、マカオに住んでいる愛人の息子)について「息子は冒険心が強く、自分から紛争地域だったボスニアのモスタルにあるインターナショナルスクールを選び、私はその見解に従うしかなかった。今、心配している」と語った。

              ■どのように対話を交わしたのか

               五味洋治編集委員は、東京新聞のソウル特派員を経て、04年に北京へ赴任した。同年9月、北京国際空港で正男氏と偶然会ったのがきっかけだった。04年12月、正男氏が五味編集委員にあいさつのメールを送ったことで、メールによる対話が始まった。それから数年間、連絡は途切れたが、10年10月、正男氏が五味編集委員に「頼み事」のメールを送ったことで、対話は再開された。当時、正男氏は「全ての質問に答えるつもりだから、私の考えをよく整理し、適切な時点で公開してもらいたい」と要請した。このメールが送られる1カ月前、異母弟の正恩氏が金総書記の後継者として公式に登場しており、関連があるとみられる。

              ペク・スング『月刊朝鮮』記者
              | NNL2 | 北朝鮮−金正日死亡− | 15:15 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
              各地でいっせいに追悼式
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                 http://jp.korea-np.co.jp/article.php?action=detail&pid=52748

                各地でいっせいに追悼式

                「総書記の遺志継ぐ決意」

                中央追悼式が行われた昨年12月29日、北海道、愛知、京都、大阪、兵庫をはじめとする各地でも追悼式がいっせいに行われた。

                大阪

                大阪で行われた追悼式

                大阪朝鮮文化会館で行われた追悼式には、総連大阪府本部の夫永旭委員長をはじめとする府下の活動家と同胞たちが参列した。

                追悼式では、参列者たちが黙とうをささげた後、夫永旭委員長が追悼の辞を述べた。

                夫永旭委員長は、1996年5月6日に、総書記が大阪は同胞数がもっとも多く在日朝鮮人運動で重要な位置を占めていると述べたことについて触れ、金日成主席の遺産であり総書記がみずから導いてくれた総連組織を、金正恩副委員長の指導を仰ぐ力強い海外同胞組織にすることで、総書記が在日朝鮮人運動で築き上げた業績を末永く輝かせていこうと語った。

                参列者たちは、主席が逝去した後、朝鮮が進む道を自ら示し、強盛国家建設のビジョンを提示した総書記の偉大さをあらためて実感していると述べながら、「総連を守るため、さらに一致団結してまい進していかなければならない」「総書記は自分の疲労を顧みずに現地指導の途上で殉職されたのに、活動家である自分はこれといった成果を収めることもなく、総書記の期待に応えられなかったことが一番くやしい」などと語った。

                そして、総書記の愛情と期待に応えられるよう、在日朝鮮人運動の新たな全盛期を切り開く決意を新たにした。

                愛知

                愛知で行われた追悼式

                名古屋朝鮮初級学校体育館で行われた追悼式には、総連愛知県本部の黄判坤副委員長をはじめとする県下の活動家と同胞たちが参列した。

                また、張立国・駐名古屋中国総領事と日朝芸術文化交流協会の八幡太郎会長、日朝教育文化交流をを進める愛知の会の竹内宏一事務局長、日朝協会愛知の小出裕事務局長、日本労働党愛知県委員会の長岡親生委員長をはじめとする日本人士が参列した。

                追悼式では、参列者たちが黙とうをささげた後、黄判坤副委員長が追悼の辞を述べた。

                黄副委員長は、総書記の逝去という大きな悲報に接し、悲しみに浸っている県下のすべての活動家と同胞の心情について述べながら、総書記が祖国と人類のために成し遂げた業績について語った。そして、総書記の遺志を継ぎ、金正恩副委員長を団結の中心に奉じ、愛族愛国運動を力強く進めていく決意を披露した。

                参列者たちは、「本当に悲しいことだが、この悲しみを力と勇気に変え、在日朝鮮人運動を発展させる転換的な契機をつくる」「金正恩副委員長を信じ、新たな成果を必ず収める」などと語った。

                兵庫

                兵庫で行われた追悼式

                総連西神戸支部会館の講堂で行われた追悼式には、総連兵庫県本部の盧武鉉委員長をはじめとする県下の活動家と同胞、日本人士らが参列した。

                追悼式では黙とうをささげた後、盧武鉉委員長が追悼の辞を述べた。

                盧委員長は、総書記が1995年に阪神淡路大震災が発生したとき、誰よりも先に被災同胞たちに慰問電とばく大な慰問金を送り、同胞たちに力と勇気を与えてくれたことを振り返った。

                参列者たちは、「総書記が主席の生誕100周年となる2012年4月を迎えることなく逝去されたことが悔しくて仕方がない。阪神淡路大震災のとき、祖国が苦難の行軍をする中でも巨額の慰問金を送ってくれたので私たちは立ち上がることができた。主席と総書記の遺志を継いだ金正恩副委員長の偉大さを多くの活動家、同胞たちに伝えていきたい」「総書記は逝去されたが、総書記の愛情と期待に応えられるよう、2012年4月をしっかりとした業績をもって迎えられるよう努力していく」などと語った。

                広島

                広島で行われた追悼式

                総連広島県本部で行われた追悼式には、総連広島県本部の李兌炯委員長をはじめとする活動家と同胞たちが参列した。

                追悼式では参列者が黙とうをささげた後、李兌炯委員長が追悼の辞を述べた。

                参列者たちは、「総書記は折り重なる困難と敵対国との対決の中でも自主性を堅持し、強盛国家建設を陣頭で指揮した。総書記は逝去したが、祖国は変わることなく力強く前へ進んでいくだろう」「娘が来年、迎春公演に参加するために初めて祖国を訪問する。金正恩副委員長を中心に一致団結した祖国の真の姿を見て多くのことを学んできてほしい。私も祖国と在日同胞の運命は一つだということを肝に銘じ、学校事業をはじめとする愛族愛国運動に献身していく」などと決意を述べた。

                ( 朝鮮新報 2012-01-05 13:24:57 )



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                ★ 朝鮮総連の幹部は北朝鮮の国会議員であり、朝鮮総連は北朝鮮の指令に絶対服従です。
                ★ 韓国の東亜日報は「朝鮮新報は北朝鮮のスポークスマン的メディア」と書いています。

                | NNL2 | 北朝鮮−金正日死亡− | 23:04 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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