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- 2021.04.19 Monday
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北朝鮮メディアは最近、金正恩(キム・ジョンウン)第1書記が平壌の遊園地や動物園を視察する姿を連日伝えている。「服務精神はゼロ以下だ!」と 関係者を叱責、管理の改善を指示したとも報じられ、「正恩流改革」の兆しとも受け止められている。一方で、地方や農産業の実情を無視した場当たり的指示を 連発している実態も判明。最新の遊具に囲まれて何不自由なく育った幼稚さからくる“KY(空気読めない)”指示に現場が翻弄され、疲弊しているのが実情の ようだ。
「珍しい動物を増やせ」
「キリンなど他国の動物、世界的に珍しい動物をさらに増やすべきだ」
北朝鮮国営の朝鮮中央通信は5月27日、平壌の中央動物園を視察した金正恩氏がこう指示したと報じた。
新年早々、さっそう馬にまたがるシーンが朝鮮中央テレビに映し出された正恩氏は名馬好きともされる。どんなに高級な馬でも手に入る最高指導者にとってパンダやコアラといった目を引く珍獣1匹いない国内の動物園はご不満だったのか。
これに先立ち、黒っぽい人民服に麦わら帽子をかぶった正恩氏が叔父で後見役の張成沢(チャン・ソンテク)氏ら最高幹部らをぞろぞろと引き連れ、平壌市内の各遊園地を視察する映像が相次ぎ報じられた。
同月24日に訪れた凱旋青年公園遊戯場(遊園地)では、絶叫マシンなどアトラクションを見て回り、園内のゲームセンターでパンチングマシンを触る様子が中央テレビなどで紹介された。
園内のファストフード店でハンバーガーを指さし何やら指示する姿のほかに、若い女性従業員たちに取り囲まれ、満面の笑みを浮かべる姿も映し出された。
正恩氏の遊園地視察は1カ月間に確認されただけで4回。最近の現場視察では目立って多く、正恩氏の強いこだわりが見て取れる。
最高指導者がキレたわけ
正恩氏の遊園地視察は、朝鮮労働党機関紙、労働新聞の社説にも取り上げられた。
「幹部らの中に残っている古い思想、古い事業姿勢に終止符を打ち、人民の服務者としての崇高な使命を遂行する上で転換的契機となる」
何やらいかめしい書きっぷりだが、正恩氏がこれ以前に平壌の別の遊園地である万景台遊戯場を視察した際、大激怒したことが背景にある。
5月9日に朝鮮中央放送(ラジオ)などが報じたところによると、園内の歩道ブロックの隙間から雑草が生えているのを見た正恩氏は「いらだたしい表情」で自 ら草抜きを始め、「幹部らには、これが目に入らないのか。遊戯場がここまで嘆かわしいとは思いもしなかった」と強い口調で叱責した。
さらには、取り巻きの幹部らに「遊戯機具の塗装もまともにしない。管理スタッフらの人民に対する服務(サービス)精神はゼロですらなく、それ以下だ」と激しい言葉を浴びせ、「遊戯場を見て回り、深刻な教訓を見いだすべきだ」と管理の改善を厳命した。
同月22日には、「敬愛する(金正恩)最高司令官同志の崇高な人民観を胸に刻み、命令を決死貫徹する対策が取られた」と当時、同行していた側近の崔竜海(チェ・リョンヘ)氏が同園に赴き、改修状況を確認する様子が報じられた。
崔氏は4月に序列4位内に一気に取り立てられ、最高指導部の党政治局常務委員と朝鮮人民軍を監督する軍総政治局長を兼務する最高幹部中の幹部だ。そんな人物が正恩氏の叱責に肝を冷やし、遊園地改修に必死になる姿が何とも哀れだ。
平壌以外、眼中になし
「インターネットを通じて他国の先進的で発展した科学技術データに多く接するようにすべきだ」
朝鮮中央放送は5月9日に正恩氏の談話としてこんな言葉も伝えている。遊園地での叱責と合わせ、日韓のメディアや専門家の間では「資本主義社会の長所を取り入れる正恩流の改革の兆しではないか」との意見が出された。
正恩氏は昨年12月の父、金正日総書記の死去直後から平壌市民に鮮魚を配るように指示したと報じられるなど、市民に親しい姿勢は再三アピールされてきており、少なくとも遊園地での叱責の逸話はこれに沿っていることは確かだ。
一方で、中朝関係者によると、平壌市民に果物を配るため、「果樹園を作るように」との指示が出され、食糧難の中、ただでさえ貴重な田畑がリンゴ園に作り替えられる現象が起きているという。
韓国の北朝鮮支援団体「良き友達」によると、水産物などについて正恩氏が「人民に優先的に配給しろ」と命じたために海外への輸出を禁じる措置が取られ、4月から中国向けの輸出が止まっているという。
脱北者支援組織関係者は、「水産物の多くは一般庶民が口にするものではなく、輸出によって別の食糧に替えるための数少ない産品だった。輸出をストップしてしまえば、経済に与える打撃は計り知れない」と指摘する。
果物や鮮魚といった北朝鮮では超高級品を口にするのが当たり前の生活を送ってきた感覚で、市民に恩情をかけようとした軽はずみな指示が農林水産業に思わぬ悪影響を与えていることになる。
金総書記の死後、正恩新体制は、ヤミ市場から発展し、庶民の台所を支えてきた公衆市場「ジャンマダン」の営業を一時停止させた。不測の事態に備え、国内の移動を制限。脱北者や情報の流入、流出を防ぐため、中朝国境での取り締まりも徹底させた。
このため、経済は疲弊し、餓死者が続出しているとの情報もある。国境の街、恵山(ヘサン)市は都市機能がまひした。これに対し、正恩氏は「恵山市の一つぐらいなくても関係ない。平壌市民だけでも革命事業を完遂できる」と言い放ったという。
平壌での都会暮らしの感覚しかない正恩氏にとって地方は眼中になく、指示のことごとくが首都平壌本位で出されている。
“ゲームオタク”の素顔がポロリ
正恩氏が子供時代に在日朝鮮人出身の母、故高英姫(コ・ヨンヒ)氏に連れられ、ひそかに日本に入国し、東京ディズニーランドなどを訪れていたことは既に明らかになっている。
金総書記の元専属料理人の藤本健二氏の著書によると、正恩氏は、ディズニーランドの具体的アトラクション名を挙げて「あれが一番面白かった」と話していたという。
正恩氏はバスケットボールなどスポーツに加え、無類のゲーム好きとも伝えられ、金総書記の別荘には、ゲームセンターのように10種類ほどの日本製ゲーム機がずらっと並んでいたという。
スイスへの留学後、北朝鮮国内では、金日成軍事総合大学を卒業したと宣伝されているが、朝鮮半島情報筋によると、実際は大学に通わず、家庭教師が付いてい たとされ、勉強そっちのけでゲームに夢中だったという。金総書記の視察に同行中もふらっと姿をくらまし、遊びほうけていたともいわれている。
演説で正恩氏の肉声が初めて伝えられた4月15日の軍事パレードでは、米韓情報当局が崔竜海氏らと観閲していた正恩氏の口の動きを分析した結果、こんな“肉声”も判明した。
ミサイルの隊列が目の前を通過した際、ひな壇から身を乗り出すように興奮した様子だった正恩氏は「あれは撃ったことがあるのか」「いいぞ、いいぞ」と崔氏らに尋ねていたという。
正恩氏の子供っぽさの一端がうかがえる。遊園地での叱責の一件も人民をおもんばかってというより、ゲーム好き、遊園地好きの“幼稚な”素地がストレートに怒りとなって思わず出たとみる方が自然ではないか。
その笑顔が怒りの火に油?
北朝鮮の庶民にとってそもそも遊園地で遊ぶことは、高根の花で、平壌への移動すら制限されている圧倒的多数の地方住民にとってその存在すら映像の向こう側の世界でしかない。
テレビの普及率は地方でも比較的高い。ニコニコ笑いながら遊園地を連日視察する正恩氏の映像を地方の住民らはどんな思いで見ているのだろうか。
正恩体制発足後の経済の疲弊で、住民の間に「正恩氏が登場してから暮らしが悪くなった」「(金正日)将軍が生きておられたころがどれだけよかったか」との不満も出ているという。遊園地映像が住民の怒りの火に油を注いでいるのは想像に難くない。
「われわれは毎日のように馬に乗ったり、ローラーブレード、ジェットスキーで遊んでいるけど、一般の人民はどう過ごしているのかな」。正恩氏は藤本氏にこう打ち明けたこともあったという。
何不自由ない自分の暮らしを庶民の生活に当てはめ、場違いなKY指示を発してしまう。それをイエスマンの取り巻きたちが止めることもなく、実行に移し、混乱に拍車を掛ける。
これが“お坊ちゃま”を最高指導者に担ぎ上げた正恩体制の限界であり、一番の危険性ではないか。
北朝鮮の改革開放の道は遠く、混迷は深い。(外信部記者)