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迷路にはまっているネパール社会
JANJAN 2006/04/14
http://www.janjan.jp/world/0604/0604132313/1.php


「ネパールの強力」 撮影 ビビ・フンヤル

 一年のうちで4月は天候上、ヒマラヤ登山に最も適しているシーズンである。したがって世界各国から多くの登山家たちがサガルマータ(エベレスト)を含め7000m級、8000m級の山に挑戦しに来る。無論、日本からも長年の夢を実現するために複数の人たちがヒマラヤに向かう。しかし、そのような希望がふくらむような人生、世界とは裏腹にネパール社会の混乱は今も根強く続き、そして、国民は倦怠感を覚えている。

 民主主義を踏みにじっている国王の専制に反対して政党連合の全国規模のバンス(ストライキ)が4月6日から4日間続いた。昨年、政党連合と12カ条の協定を結んだマオイストはこれに協力すると発表。これに対し国王政府はRNA(ネパール国王軍)とアームドポリス(軍警察)を使い、事前に多数の政党関係者や活動家たちを逮捕し、カトマンズやポカラの主要都市で半日間のカーヒュ―(外出禁止令)を施行、従わない場合は催涙ガス弾に留まらず、銃発射も辞さないことを通告。両者の対立は益々深まるばかりである。

 しかし、このような危険な状況の中でも政党支持者たちは街に繰り出し、抗議活動を行い、軍側の発砲により全国的に死傷者を生んだ。怒れるデモ参加者たちも軍側に投石を浴びせ、また公共施設を破壊した。そして、一般庶民たちは家の中でひっそり堪え、事が過ぎるのを待っているのだ。

 長年の王制(パンチャヤット制=一党のみの体制)から脱却したのは16年前。その時、今日のような社会を予測していたネパール国民は果していただろうか・・・?最早、ネパール国内のみの努力では出口が見出せない深刻な状況となっている。「国連軍介入」などとならない前に手を打っておかなければ、我々外国人にとっても穏やかならぬ事態へとつながってしまう様相である。

(志鎌誠)

| NNL | 07:20 | - | - |
ネパール:見えないところでの闘い
市民メディア・インターネット新聞JANJAN 2006/04/24
http://www.janjan.jp/world/0604/0604232845/1.php

【カトマンズIPS=マーティ・ローガン、4月17日】

 ギャネンドラ国王による王政打倒を目指す民衆たちは、街頭で警官隊と衝突している。これまでに数千名という人々が逮捕された。しかし、人々の目に触れにくいところでも闘いは続けられている。

 ひとつの焦点はメディアだ。カンティプール出版が保有する『カトマンズ・ポスト』紙が国王に批判的な記事を掲載する一方、国有の『ライジング・ネパール』紙オンライン版のトップ記事は、ギャネンドラ国王が、シリア国民の祝日にあわせて、同国のアサド大統領にメッセージを送ったというものであった。

 また、「カンティプールTV」では、デモ隊に乱暴狼藉を働く警官の映像を繰り返し流している。他方で、国有の「ネパールTV」は、街角を警備する警察・軍の様子や、反体制派に批判的な人々の声を放送している。

 4月9日、ラナ情報相は、ジャーナリストたちに対し、「報道機関は今、ネパールには自由がないと叫んでいる。しかし私は生命を守ることがもっと重要だと思う」と告げた。そして13日、ラナ情報相は、主要なケーブルテレビ局に対して、カンティプールTVの番組を放送しないよう要請したのである。しかし、これに応じたのはわずか1局のみで、しかも数時間だけであった。

 また、警官隊との衝突で怪我をした人々に対する救急医療体制も問題となっている。現在、怪我をした人々の治療のための資金として、すでに1000万ルピー(13万8,000ドル)が集まっているという。オム病院では、抗議活動で怪我をした人は無料で治療を受けられる。

 他方で政府は、救急医療を行なっていた2人の外国人医師を、労働ビザの不所持を理由に国外追放処分にするという挙に出ている。

 ネパール民主化闘争のさまざまな側面について伝える。(原文へ)

翻訳/サマリー=山口響/IPS Japan浅霧勝浩

(IPSJapan)
| NNL | 07:15 | - | - |
ネパール変革への道、“国王、権限を国民に委譲”であるが
市民メディア・インターネット新聞JANJAN 2006/04/25
http://www.janjan.jp/world/0604/0604242881/1.php


上下とも、今月の抗議行動の様子 撮影者:ビビ・フンヤル 場所:カトマンズ



 4月21日、ネパール国王ギャネンドラが政治権限を民政に移管することを、また発表した。「また」と書いたのは同国王が軍事力を使って権限を掌握し、その後、戻したことが初めてではないからである。

 1回目は2002年10月に強権発動し、この時以来ネパール国会は開かれていない。そして、2004年5月に今回と同じように民衆の抗議行動により権限を民政に戻した。したがって、今回の発表後にも依然、国王の発表内容が不充分、信用できないとして民衆のデモが続いている。当日、フリーカメラマンのビビ氏からメールが送られてきたが、やはり「この発表は民衆の勝利、1歩前進したが、しかし、国王はこの次何を言うのかわからない」という内容だった。

 今後、ネパール社会がどのように推移していくのかはっきり予測できる者はいないだろうが、私なりに問題点を挙げてみると――

(1)RNA(ネパール王国軍)が忠誠を誓っているのは国民や政党にではなく国王にである。したがって、その関係を断ち切らなくては再び同じことが繰り返される可能性が残る。

(2)そして、最も大事なのが政党指導者たちのリーダーとしての「政治力」である。カトマンズの人たちから話を聞くと、政党指導者たちはどれも街頭では国王の専制を激しく非難するが、宮殿に呼ばれると平身低頭、“国王の下部(しもべ)”になってしまう、という。

(3)(2)に関連することだが、前々から多くの政治家、マオイスト側、そして市民活動家たちが発言要求している「憲政会議」をいかに開き、国王の位置付けをどのようにするか、まとめられるかである。完全に象徴性にできるのかあるいは廃止できるのか、である。もう一つの大きな議題は総選挙をいつ、どのような形で開けるか、である。

(4)もう一つ注目しておかなくてはならないことは、政党側とマオイスト派の仲、関係である。両者は昨年11月、反国王闘争で合意事項を結んだが、直接の共闘をしていたわけではない(それぞれのやり方で闘争していた)。言うまでもなく政党側が政治権限を掌握していた時の内戦の敵はマオイストであった。これらのことがどのように解消され真の民主主義に向かい、停戦平和が訪れるのか両者の出方が今後の行方を大きく左右すると考えられる。

(5)そして、今まで書いてきたもの以上に最も大切な点は一般民衆の政治参加である。政党支持者の参加も勿論、重要であるが、そこにも属さない一旦政治から離れてしまった一般民衆の声、参加がネパール社会を動かして行くものと信じる。及び国際社会の目も大切な一パートである。

 日本の皆さんも是非ネパールに注目してください。

(志鎌誠)

| NNL | 07:09 | - | - |

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